『SANSON サンソン ールイ16世の首を刎ねた男ー』LIVE配信を観ました。
KAAT 神奈川芸術劇場の空間をフルに使った迫力ある演出は、配信の最期にあった演出の白井晃氏のメッセージ通り、演劇は劇場で観劇すべきと改めて実感させるもの。
とはいえ様々な事情で劇場には行かれない方も多い中、緊急事態宣言中の公演中止により配信が決まったのは、ありがたいことです。
さて、シャルル=アンリ・サンソン(1739~1806年)〈稲垣吾郎さん〉。
フランスの死刑執行人の統領であるムッシュ・ド・パリを務めた実在の人物で、シャルル=アンリ・サンソンは、死刑執行人となったサンソン家4代目の当主です。劇中で何度も語られるように、シャルル=アンリは死刑廃止論者で敬虔なカトリック、国王に深い敬意を抱く人物でした。
カトリック教会は罪深い人間を神の教えへと導く、信仰は人間の心の拠り所にもなる存在。
絶対王政のフランスでは国王は国家の父であり、国家が定める法や正義を代表する存在。
聖界と俗界を代表して神から授けられたものです。
シャルル=アンリ・サンソンの執行する正義は、この二つがあってこそだったはず。
フランス革命は、聖職者民事基本法によってローマ・カトリック教会教皇ピウス6世の強い批判を受け、聖職者も宣誓聖職者と宣誓拒否聖職者に分断します。
革命は、ルイ16世(1754~1793年)〈中村橋之助さん〉も国父の座から、一市民ルイ・カペーとして断罪しました。
シャルル=アンリの信じてきた二つの柱は、「自由・平等・友愛」を旗印に掲げた革命によって失われてしまったのです。
それでも、シャルル=アンリの職業はムッシュ・ド・パリ。政府の裁可に従い処刑は続きます。
『SANSON サンソン ールイ16世の首を刎ねた男ー』は、若き日のシャルル=アンリが公爵夫人に提訴された裁判で、法の下の死刑制度の正当性とムッシュ・ド・パリの誇りを語る場面から、父シャルル=ジャン・バティスト・サンソン(1719~1788年)〈榎木孝明さん〉と関わりのあったラリー・トランダル将軍〈松澤一之さん〉の処刑へと、サンソン家の置かれた立場とシャルル=アンリの考え方がわかりやすく描かれていました。
ジャン・バティストの榎木孝明さんとトランダル将軍の松澤一之さんのくだりは重厚感ある演技で、死に臨む貴族のプライドを感じる場面となったと思います。
後のデュ・バリー夫人ことマリー=ジャンヌ・ベキュ(1743~1793年)〈智順さん〉、首飾り事件のラ・モット夫人ことジャンヌ・ド・ヴァロア、ヴェルサイユ死刑囚解放事件のジャン=ルイ・ルシャール〈牧島輝さん〉とエレーヌ〈清水葉月さん〉など、関わる人々がテンポ良く登場して、時代の転換のスピード感があります。
智順さんの野心的なデュ・バリー夫人は貴族社会の崩壊を印象づけて、ルイ15世の崩御後に宮廷を追われる場面のマリー=アントワネット(1755~1793年)に対して平民の強さがありました。
ジャンヌ・ド・ヴァロアは、「ベルサイユのばら」のファンにはロザリーの姉、ジャンヌとして知られている女性。映画「マリーアントワネットの首飾り」のヒロインです。脱獄したジャンヌは「回顧録」を書いて一大スキャンダルを招き、ロンドンで謎の転落死を遂げています。
マリー=アントワネットですが、今回の舞台ではアントワネットらしい気高さが感じられず残念でした。ルイ16世の中村橋之助さんが宮廷の優雅さを体現されていただけに、滑るように歩いたというアントワネットの歩き方、気品ある動作、王族らしい声など、いかにも市民とは違う感があって良かったのではないでしょうか。宝塚の元娘役をキャスティングして頂けたら、ハプスブルク家から嫁いだ高貴な王妃になったのではないかと思います。
三部会(1789年5月5日)、ジュ・ド・ボームの誓いに至る会議場の閉鎖(6月20日)、バスティーユ襲撃(7月14日)、ヴェルサイユ行進からの国王一家パリ連行(10月5~6日)が一気に語られる展開の見事さ。
ジョゼフ=イニャス・ギヨタン医師(1738~1814年)〈田山涼成さん〉は、さすがの語り部です。シャルル=アンリ、ジョゼフ・ギヨタン、アントワーヌ=ルイ(1723~1792年)医師という、3人ともが死刑制度に反対の立場だからこそ、人道的な処刑を考えていく矛盾を考えさせてくれました。
ルイ・アントワーヌ・レオン・ド・サン=ジュスト(1767~1794年)〈藤原季節さん〉、マクシミリアン・フランソワ・マリー・イジドール・ド・ロベスピエール(1758~1794年)〈榎木孝明さん〉の革命派、ナポリオーネ・ブオナパルテことナポレオン・ボナパルト(1769~1821年)〈落合モトキさん〉の一歩離れた感、革命に対する様々な見方を表現していて、対照的に舞台の上で時代の波に翻弄され、多勢に流れ、熱狂に巻き込まれる市民に恐怖を覚えます。
そして、稲垣吾郎さん。
正義の刃を振るう信念、革命によって揺らぐ正義。
自らの死刑制度廃止への思い。
苦悩する一人の人間シャルル=アンリ・サンソンに、実態感を持たせる芝居で、時代を超えた人間の業を見事に演じられたと思いました。
ルイ16世を処刑した夜、シャルル=アンリ・サンソンは深夜に秘密のミサをあげたと言われています。
宣誓拒否聖職者が迫害された革命時、シャルル=アンリにとっても、このミサは生命を賭けたものでした。
フランスで最期に死刑が執行されたのは1977年。死刑制度が廃止されるのは1981年のことです。
革命の嵐が吹き荒れ、ロベスピエール、サン=ジュスト等の指導者も処刑された後、マドレーヌ寺院の建設現場でジャン=ルイとエレーヌに再会するトビアス・シュミット(1768~1821年)〈橋本淳さん〉。トビアス・シュミットはチェンバロ製造職人の音楽家で、シャルル=アンリとは音楽仲間であった人です。
ギロチン製造権を独占し、成功した事業主になっているトビアスと、一労働者として生きているジャン=ルイ。
額に汗して働くジャン=ルイと休憩時間にパンを売るエレーヌが爽やかな風を感じさせる素晴らしい終幕でした。
舞台の原作になった安達正勝氏の「死刑執行人サンソン ー国王の首を刎ねた男ー」は、荒木飛呂彦氏の「ジョジョの奇妙な冒険」第7章のジャイロ・ツェペリのモデルと帯に記されています。
坂本眞一氏の「イノサン」「イノサン ルージュ」も、この作品から。
「イノサン」公式ホームページは、歴史などの解説がわかりやすく書かれています。
サンソン家回顧録は、シャルル=アンリの孫、アンリ=クレマン・サンソンによるサンソン家の歴史です。
翻訳者の西川秀和氏のnote「舞台サンソンに寄せて サンソンの人物像」は、舞台の解説としてもわかりやすいものです。