む‐びゅう【無謬】
理論や判断にまちがいがないこと。「推論の―性」

日本は、元々は八百万ヤオヨロズの神の国・・という訳では無いが、
幕府・明治政府・大本営・官僚・学者・カリスマ社長・・といった、
なかば神格化・聖人視された人々が、
根拠に乏しい神話の類タグイや、
(「安全神話」、「土地神話」、「住宅神話」、「健康神話」・・)
金科玉条
(絶対的な拠り所)を言いたがり、
衆愚政治の悪影響なのか、
他の人々もそれらを聞きたがってるらしい。

例えば、原発関係者の、
「いや、原発は安全なんです。笑」等々の決まり文句についてだが、
裏を返せば、
「仮に予想が外れたり問題が起こったとしても、
それで私が咎められたり、困る事は無いです。
私は、それ位に偉いんですよ。」と選民意識を語ってるに過ぎない。

また、
どうも最近の日本人は、危険な事が何なのかを察知し、考え、
回避する能力が落ちているらしい。

安全性より採算性・効率性に頭が回ってしまい、
思わぬ事態に陥る事が多くなってるのかも知れない。
(英語では、loopy = 同じ事をloopクルクルと考え続ける
=頭がオカシイ様子。)




危険不可視社会/畑村 洋太郎

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