四国巡礼のテレビ番組を見てみた。

その中の、とある男性は、巡礼を始めた当初は、何かに怯えるかのように、
目の玉が揺らぎ、自信無さげで、気持ちが座ってない様な状態だった。
 
彼は、会社を立ち上げたはいいが、利益が上がらず、
結局倒産となり、心身虚脱となってしまい、知人の勧めで、
巡礼に参加する事にした。


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彼の延々と歩き続けてるその姿には、鬼気迫るものがあった。
一日の行程をこなすためには、ただ黙々と、歩みを進めるしか手立てが無い。
そこには、自らの不甲斐無さを嘆く暇イトマも、
飢えに愚痴を言う暇も、
足の痛みを気にする暇も無い。


半年も過ぎ、巡礼が終わる頬には、
頬は痩せこけていたが、目の色は常人以上にしっかりしていた。
彼の中に、一本芯が入った様である。

翻って、倒産間際の頃の、彼の精神状態は、
自死をも考えるような、言い知れぬ恐怖や、
近親者に対する侘びの気持ちが渦巻いていたのかも知れない。


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 また、心を病んだり、言い知れぬ悩みを抱えて禅寺の門を叩く者も居る。

比叡山・延暦寺の雲水となった場合、彼等の一日は、実に凄まじい。
食事と言えば、少量の豆、薄いかゆなどが出されるだけ。
それでいて「作務」の連続を息もつけない間隔で次々とこなさねばならない。
何か物を考える暇イトマも無い日々が、駆け足で過ぎ去っていく。
(そこからなのか、また、山の斜面を白装束で雲の如く駆け抜けていくためか、
 彼等の事を"雲水"と呼ぶ。)



思えば、戦前、戦中の食うや食わずの時代の人々は、
皆、そういう鍛えられ方をされ、精神的にタフな人が多い。


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