こんにちは。
暑かったり、大雨が振ったりの日々ですがいかがお過ごしでしょうか?
このたび、京都府のエコ啓発事業の一端に加えていただきました↓
ぼちぼちと京都「撮れたてきょうと:やさい」
http://www.bochibochikyoto.jp/modules/photodiary/index.php
京都ならではのエコを発信していく素敵なサイトです。
その中でミニ写真日記を連載することになりました。
ブログと共にたまに覗いていただければ有り難いと思います。
京都はとにかく活動が面白おかしくて、かっこいいイメージがあります。独特というか。
話は変わりますが、最近、農業をやっていると自分のウリとは何だろうという疑問が出て来ます。自分の武器というか特徴というか。
やさいや米は産地や農法によって味が変わると思いますが、誰にでも分かるような明確な違いにはなりません。
農法も人によって多少は違ってくるものの基本は変わらないです。そのような小さな違いの中で、「これが自分のつくったやさいだ!!」「これが自慢の米だ!!」と自信を持って言えるのはすごいことだなあと感じるようになってきました。
今の自分にできることを精一杯やってるものの、まだ手探りの部分もあります。
美味しいやさいが出来ても、ホントに自分の力なのか?土の力じゃないかな?気候が味方してくれたんじゃないか?
などとはっきり自信が持てなかったりします。
でも実際はやっぱり自然の力が大きいと思っていて、自分の力で美味しくしようとするよりか土の力をいかに引き出すかということが大事やと思います。
そういう意味では有機農法、さらに言えば自然農がベストなのだろうと。
でも、僕は農業というからには作る人と食べる人との関係が大事だと思っていて、食べる人のことを考えれば
ある程度きちんとしたものができる有機農業という形がいいのだと思っています。そういう意味もあって僕は有機農業をやっています。
話が少しズレましたが、それではどうしたら自信を持てるかということですが、結局、自分のウリというのはその人の人柄だったり姿勢だったり、「人そのもの」が問われてくるのではないかと思いました。やさいを育てるにしても、売るにしても、決まった形がない分、その人そのものが表れる気がします。
だから、食べてくれる人の声が本当に有り難いです。
やさいが美味しかったとかこんな風に料理しましたとか。
そういうことが自信の積み重ねになっていくのだと思います。
自分で作って自分で売る農業はつくり方も売り方も値段の付け方も、何をとっても「答え」はないです。
そういう中で、食べてくれる人との一見あいまいな温かさを感じられるこの仕事は、やっぱり素敵やと思いました。
ぼちぼちとついてきた自信と共にこれからも頑張っていきます。
暑かったり、大雨が振ったりの日々ですがいかがお過ごしでしょうか?
このたび、京都府のエコ啓発事業の一端に加えていただきました↓
ぼちぼちと京都「撮れたてきょうと:やさい」
http://www.bochibochikyoto.jp/modules/photodiary/index.php
京都ならではのエコを発信していく素敵なサイトです。
その中でミニ写真日記を連載することになりました。
ブログと共にたまに覗いていただければ有り難いと思います。
京都はとにかく活動が面白おかしくて、かっこいいイメージがあります。独特というか。
話は変わりますが、最近、農業をやっていると自分のウリとは何だろうという疑問が出て来ます。自分の武器というか特徴というか。
やさいや米は産地や農法によって味が変わると思いますが、誰にでも分かるような明確な違いにはなりません。
農法も人によって多少は違ってくるものの基本は変わらないです。そのような小さな違いの中で、「これが自分のつくったやさいだ!!」「これが自慢の米だ!!」と自信を持って言えるのはすごいことだなあと感じるようになってきました。
今の自分にできることを精一杯やってるものの、まだ手探りの部分もあります。
美味しいやさいが出来ても、ホントに自分の力なのか?土の力じゃないかな?気候が味方してくれたんじゃないか?
などとはっきり自信が持てなかったりします。
でも実際はやっぱり自然の力が大きいと思っていて、自分の力で美味しくしようとするよりか土の力をいかに引き出すかということが大事やと思います。
そういう意味では有機農法、さらに言えば自然農がベストなのだろうと。
でも、僕は農業というからには作る人と食べる人との関係が大事だと思っていて、食べる人のことを考えれば
ある程度きちんとしたものができる有機農業という形がいいのだと思っています。そういう意味もあって僕は有機農業をやっています。
話が少しズレましたが、それではどうしたら自信を持てるかということですが、結局、自分のウリというのはその人の人柄だったり姿勢だったり、「人そのもの」が問われてくるのではないかと思いました。やさいを育てるにしても、売るにしても、決まった形がない分、その人そのものが表れる気がします。
だから、食べてくれる人の声が本当に有り難いです。
やさいが美味しかったとかこんな風に料理しましたとか。
そういうことが自信の積み重ねになっていくのだと思います。
自分で作って自分で売る農業はつくり方も売り方も値段の付け方も、何をとっても「答え」はないです。
そういう中で、食べてくれる人との一見あいまいな温かさを感じられるこの仕事は、やっぱり素敵やと思いました。
ぼちぼちとついてきた自信と共にこれからも頑張っていきます。