毎回、ご無沙汰しております。野原です。
先日、知り合い(島根県雲南市出身)のお墓参りにすごすごとついて行って、一泊2日の旅程で出雲大社に参拝してきました。
今回、書きたいことがかなりありましたが、要約してFacebookに上げましたので、ブログでは長文になるものを書こうと思います。
お墓参りをすませ、出雲大社にお参りして、ご縁横丁(このネーミングどこかで聞いたような??)で出雲そばを食べようと思ったら、ほとんどが18時には閉店し(まるで宮島みたい!!)、少し離れたところでいただきました。
翌日どこに行こうかという話で、
・日御碕
・島根県立古代出雲歴史博物館
・美保神社
を決定、美保神社のあとは近くの沖の御前島によって帰路につきました。
さて、この中の美保神社に参拝した後、一行は乾し魚に誘われてお店に入っていきました。もちろん、私は匂いでお店に入ることができず、近所を散策してました。
近所のお店にこのポスターを見つけました。

「ふ~ん、青石畳通りなんてあるんだ。あれ、どこかで・・・。」
そう、ポスターの反対側に門があることに気づきました。

門の裏にはしまね景観賞などの額がありました。

ポスターを見る限り、しっとりしたたたずまいの通りという感じですが、実際は・・・

通りの中で写真を撮ろうと思いましたが見えてはいけないものが写ってしまうのではないかという気がしてやめました。(・・;)
ジブリ映画「千と千尋の神隠し」トンネルから通じる無人の街のような感じ。
通りを歩いてみると無茶苦茶寂しくなりました。
青石畳通りだけでなく、美保関全体を見回して見ても、正直、活気を感じませんでした。
美保神社はえびす様(事代主命)がいらっしゃって商売繁盛の神徳があるんじゃなかったっけ???
この話を家に帰って母親したところ、数年前から急に寂しくなってきたとのこと。(自分も知らなかったが私が宮島に関わりを持ったあたりから毎年、出雲大社、美保神社は行っていた)
実は思い当たる節が・・・
美保神社に行く前、島根県立古代出雲歴史博物館行ったんですが、到着が早かったのでカフェに行くことに。朝食を食べるということだったので、私だけ外れてベジカフェ「まないな」に行きました。(ここの記事はまた別に書きます)
「まないな」での本を見ていたらこんな本を見つけました。
出雲国大社観光史 : ~参詣地から観光地へ~
http://www.yomigaerinokai.com/2015/03/27/1236
タイトルが衝撃的過ぎて、中身の内容をほとんど忘れてしまいました。販売されているかわかりませんがどこかで手に入れたいと思いました。
なぜ、衝撃的だったかと言いますと「参詣地から観光地へ」の表記、変えてきた、あるいは変わってきたという内容に取れるからです。
参詣地から観光地に変わったら何か問題でも??
と思われるかもしれません。
私は参詣地は参詣地を守りながら、観光地化を進めるほうが良いと考えるからです。だから、参詣地が観光地にそのまま変わってもらっては不安が増えると思います。
参詣地から観光地へ変わった成功事例として、今まで私が通ってきた宮島を上げることができます。
ずっと広島の宮島を見てきまして、感じたことは
1.宮島には参拝客が見当たらず、観光客ばかり。それは嚴島神社内でも同じ。
2.嚴島神社には神様の気配を感じない。(いらっしゃらないのか?あくまで私の主観です)
です。
一方、嚴島神社の上、つまり弥山に登れば、なんとなく、厳かな感じが出てきます。
1.の嚴島神社には参拝客はいなくて観光客ばかりというのは言いすぎ?でしょうか?
この理由はいらっしゃる皆さんはお参りより写真撮影に夢中だからです。
もう一つ気になったのは、「昇殿料」です。これは嚴島神社の入場料です。大人個人で300円です。つまり、普通にはお参りできません。
実は申し訳ないことにそれがため、宮島に行ってもほとんど嚴島神社に参拝しておりません。σ(^_^;)
もし、これがなければ、ゴミ拾いやどなたかにお会いする場合、まずお参りして(ご挨拶申し上げて)、開始するでしょう。お店にお勤めの方々も多分?そうされるのではないでしょうか?
そうです。嚴島神社はもう宗教施設ではなく、観光施設です。
それがため、年々、来島者数が増えています。
しかし・・・・
廿日市市の観光課や宮島観光協会はこのことにかなり危機感を持っています。
それは来島者の90%以上が島滞在時間が平均3時間なんです。
もちろん、これにはホテル代が極端に高いとかあるかもしれません。(他には店舗の家賃も極端に高いです)
調べていくともう一つ気になる点を見つけました。宮島にはいくつかの伝統工芸品があるのですがこれが今、風前の灯なんです。
伝統工芸の灯が消えたらどうなるか?
宮島スタンダードがぼやけてきて何をもって「宮島」とするのか?
がわからなくなってきます。そうするとお土産品も常の商品開発をしなければならないし、何をもって「宮島」カラーなにかがはっきりしないため、広島駅で買うもみじまんじゅうも宮島で買うもみじまんじゅうも変わらなくなってきてしまうでしょう。
伝統の灯はどうしても観光には必要なんです!!
そして、この伝統の大元は特に門前町ならば、やはり「信仰」ではないでしょうか?
以前、廿日市市主催で「宮島」の賑わいに関するセミナーに参加したことがあります。
宮島の商店街と高野山の門前町を比較した一コマがありました。
私の心の中で全く比べ物にならないと思いました。
高野山といえば、「信仰」ブランドが確立されていて、登ることを持って「禊ぎ」もできるようになっています。宮島の場合、フェリーの瀬戸内海を渡る区間がそれに該当するかもしれませんが残念ながらあまり効果を感じません。(皆さんはどうですか?!)
因みに宮島の「弥山」で厳かな感じがするのは、もちろん、「登る」ことで「禊ぎ」に通じますし、山のお堂群は麓の宮島弥山大本山大聖院によって守られているからです。(大聖院の境内が何でもありになっているとかいろいろなものが販売されているということで?を掲げられる方もいらっしゃると思いますが)
私が宮島入りしたのは「シカ」のことで行き始めましたが最初に手がけたのはゴミ拾いでした。宮島の行けるところを確認しながらゴミを拾って回りました。それで最初に気になったので大鳥居内にある御海のゴミでした。最初かなり目についてので干潮時に拾い始めました。嚴島神社の禰宜さんにもご協力をお願いしたのですが最初はあおさを例に取り、あまり協力的ではありませんでした。(毎年、御海があおさに埋まり、日光で大変な匂いが発生します。そのため重機などを投入して片付けているそうです)
しかし、私達(チームで入っています)は諦めず、ゴミを拾っているとだんだん協力してくださり、スタッフの皆さんも臨機応変にゴミの回収をしていただくようになりました。そうしたら、1年後、御海は見違えるように綺麗になってきました。
実はご存知の方がいらっしゃると思いますがこの御海のゴミはいわゆる観光ゴミではなく、対岸(本州)の生活ゴミが流れついたものです。つまり、本来ならば宮島側で頑張ったところで変わるものではありません。それでも変わったというのは・・・
そうです。気持ちが変われば、結果が出るということです。
最近は宮島に行けてないので今どうなっているか心配です。
神社が変われば、信仰の灯が取り戻され、伝統文化が息を吹き返し、そこに方が引き寄せられる。来ればわかると思いますが今で言う表現ならば「ここはパワーが違う。」と言われ、リピーターも増えるのでは無いでしょうか?
書きたいことを書きましたが
出雲国大社観光史 ~参詣地から観光地へ~
をもう一度、ゆっくり読んでみたいと思います。
長文でしたが、最後までお読みくださりありがとうございました。
野原 育生