9月12・13日の青森産地視察 の際、
二日目に 『三内丸山遺跡』 をご案内していただきました
『三内丸山遺跡』 は社会の教科書にも載っている有名な遺跡ですね
縄文時代前期~中期(約5500~4000年前)の遺跡で、
大規模な集落跡が見つかっています。
こちらには、ボランティアのガイドさんがいらっしゃるので、
とても分かりやすく解説してくださいます。
まるで、当時の人々が生活している様子が目に浮かぶようでした![]()
雨が降っていたので、写真があまりよく見えないかもしれませんが、
高床式の建物を復元したのものです。
写真からもわかるように、
三内丸山遺跡はとても広い遺跡です。
これだけの広大な土地のなかで、
居住エリアと公共エリアをわけ、生活していたそうです。
こちらは、居住エリアの写真です。
竪穴住居跡が550棟以上見つかっているそうです。
そのうち15棟が復元されています。
一部中に入れる住居もあり、
中央には炉の跡がありました。
こちらは、公共エリアにある高床の倉庫です。
真ん中に見える茶色の部分が
この集落のメインストリートです。
この道は港へと続いているそうです。
これだけ幅の広い道路が作られたのは、
おそらくそれだけ大きなものを運んでいたのではないか
とのことでした。
そして、この道の両サイドに向かいあうように大人のお墓があるそうです。
約500基見つかっているとのこと。
子供のお墓また別のところにまとまってありました。
これだけ見ただけでも、まだ身分の差もない約5000年もの昔、
本当に進んだ文化があったことが分かります![]()
こちらは、大型掘立柱建物 を復元したものです。
この柱は直径2メートルもあるクリの木で、
柱と柱の間隔は4.2メートルもあるそうです。
何のための建物だったかは、明確になっていないそうですが、
今現在、これだけ大きなクリの木は、日本には存在しないため、
ロシアから取り寄せて復元したそうです。
クリの木がこれだけ、大きく成長するには、
しっかり手入れをしなければならず、
当時の人々はそれをしていたと思われる
とのことでした。
このほか、地層や土器が発掘された状態(土に埋まっている状態)
も見ることができました。
また、ゴミ捨て場からは、獣や魚の骨、植物の種子、
漆器、漆塗りのくし、編み物、織物なども見つかっているそうです。
本当に豊かな生活を送っていたのがうかがえ、とても感動しました
これらは、遺跡から見つかった土器
かなりの数の土器が見つかっており、
この辺りの農家のでは、畑や水田を耕す際、
土器の破片が見つかることも珍しくないとか
土器の数だけ食べ物が豊富にあったということなのだと思います
アルコールが付着した土器も見つかっており、
この当時すでにアルコールが醸造されていたことが伺えるそうです
『三内丸山遺跡』 は、見れば見るほど
当時の人々の豊かな生活ぶりが想像できます
集落の大きさからもうかがえますが、
集落の作り方、衣類、装飾品、食べ物などからも
太古の昔から本当に恵まれた豊かな土地だったんだな
としみじみ感じました![]()
青森を訪れた際は、是非、訪れてみることをおススメします![]()
はやぶさ
に乗っていくとあっという間ですよ





