これもニプシー・ハッスル(Nipsey Hussle)推薦図書の一冊です。原書はThe One Device: The Secret History of the iPhoneです。
 
 
 
 
取材力に脱帽!って感じです。秘密主義で知られるAppleさんを相手によくぞここまでといった濃密な内容で、ドキュメンタリー映画を観ているような緊張感のある一冊でした。人が住む大陸すべてを訪れ、8000枚の写真を撮りながら200時間にも及ぶインタビューを敢行したそうで、その執念たるや『good kid, m.A.A.d city』の舞台を巡る旅どころの騒ぎじゃありません。
 
 
「iPhoneが“新発明”だとはまったく思いません。むしろ既存技術の集合体であり、優れたパッケージングの勝利というべきです」
 
本書の要点を端的に示した箇所があるとすれば、その一つが、コンピュータ歴史博物館のキュレーターを務めるクリス・ガルシア氏による上記発言でしょう。例えば電話とコンピュータを合体させるというアイディア自体は、実は1990年前後には生まれていたものだし、1994年にはフランク・カノバ氏が具現化しています。マルチタッチも、Appleさんが独力で発明したのではなく、そこに連綿と続く開発の歴史があります。もちろん、それらを集約・融合するのも並々ならぬスキルが要ることであり、その点においては素直にAppleさんを称賛すべきですが、故スティーブ・ジョブズ氏の数十分の一にあたる注目さえ彼らが浴びていないのは、嘆かわしいことだと感じました。というより、彼らの生み出した技術の恩恵に与る身として、この事実は知れてよかったなと思います。
 
同じく知れてよかったのが、我々が日々iPhoneを不自由なく使えている裏には、ボリビアの鉱山における児童労働や電波塔のメンテナンス業があり、子供も含めて命を落とす人々がいるという事実です。こればかりは、例えば明日からiPhoneでなくAndroidを使ったところで状況が劇的に改善するものではないですし、どうにもできないのですが。
 
上述の2点からお分かりいただけるように、本著はAppleさんやiPhoneに対して少なからず批判的なのですが、日本語で本著のレビューを読むと、AppleさんやiPhone開発チームを礼賛するだけのものも少なくない割合で見受けられ、正直驚きました。もちろん、本を読んで何を感じるかは各人の自由なのですが、皮肉にもそうしたレビューからAppleさんやジョブズ氏、あるいはiPhoneの、いわば〈宗教力〉をまざまざと見せつけられた気がしました。
 
 
フレディ・アンスレス氏がとある場所で「スライドしてロック解除」の着想を得たエピソードや、現CEO=ティム・クック氏に送ったメールをトラッキングして分かった衝撃的な事実なども面白く、読み応え十分です。iPhoneのみならずスマートフォンを使う人々 a.k.a. almost everyoneに読んでいただきたい内容です。