(豊里町史下巻より)


 竹花の山畑の平らな屋敷を・・・・・大蛇屋敷(うわばみやしき)という。

その屋敷の先祖が木挽だったという。

あるとき、登米町(現登米市登米町)にのこぎりの歯やきに行った(のこぎりの歯が甘くなって来たのでやきいれをすること)。

登米町からの帰路はいっぱい機嫌でのこぎりを背負って近所の者と一緒に元気づいて四方山の話し合いをしながら歩いて帰って来た。

すると平筒沼の堤防の処まで来ると頭を平筒沼の方に向けて通路にぶち渡しになって寝そべっていたうわばみ(大蛇)がいた。

何れは剛情の男だったらしい

「なあんだ、今朝登米に行くとき誰も松の木を倒さなかったが、こりゃ、誰は伐木したか、松の木が転んでるぞ」

そして先ず大蛇の背中をどっこいしょとかけ声かけて越えたけれども、友人の方はひゃっとしながら、大急ぎで越えていった。

木挽だって勿論本当の松の木だと思い込んでいたわけではなく、ハッと思ったけれども、酒を飲んだ勢いで、肝っ玉が太くなっていたらしい、そしきたとその木挽が背中ののこぎりを降して

「歯やきした前びきがどれ位切れるか、この松を引いてみっから、いっとき待ってろちゃや!」

「やんだきさま、うわばみ(大蛇)など引いて、かえって、どんぐりげえって、きさま・・・・・・・・・・殺されんなよー、ああやんだやんだ」

とずっとあの弁天島から離れて、こっちの山のひんまわし目にしりついて見ていた(何時でも逃げられる態勢をとっていた)。

一方木挽き

「よぐもきさまこごにけづがった」

と両手に力を入れてのこぎりを握りしめ、もと歯を引っかけ、思いっきり、ゴリーンと引いたら、その松の木、丸太のような大蛇は、かくのふた(約15㎝位ある)の様なこけら(うろこ)を三枚落してかま首をもたげ悪気を吹っかけて来た。


後編へ続く