先日、渋沢栄一記念館に行ってまいりました。ご案内くださったのは、モラロジー熊谷事務所の寺坂さんと奈良橋さん。FMクマガヤの番組収録前に、隣接する深谷市にある記念館まで連れて行ってくださったのです。渋沢栄一について、私は大河ドラマを見る習慣がないのですが、司馬遼太郎や吉村昭が残した幕末の小説で、ひとわたりの知識はありました。しかし実際に足を運び、現地へ行ってボランティアガイドの方のお話を聞いてみると違いますね。そこでしか得られない逸話を知らされるだけではなく、渋沢が生きた時代の息づかいのようなものを感じられるのです。渋沢が学び、学問的基礎を築いた恩師、尾高惇忠の旧居が、200年前に建てられた状態で残されていたこと。その建物の材料になった赤レンガは当地で作られ、東京駅や深谷駅などの公共建築にも使われているくだりは、とりわけ深い感慨を覚えました。

記念館でも、20分あまりの紹介動画をはじめ、ガイドさんのお話など、一つ一つのエピソードは、いかに渋沢栄一が稀にみる偉大な人物であったかを教えてくれます。中高生など、多感な時期に一度でも触れておくとよいのではないかとも思い、深谷を後にした次第です。渋沢は91歳まで生涯現役だったそうですが、実はこの日の放送で私が題材にしたのは、97歳で初来日演奏を披露したポーランド(現ウクライナ)生まれのピアニスト、ミエチスラフ・ホルショフスキーです。彼の人生の一端についても、改めてご紹介いたします。