先日、ばあちゃんの四十九日法要を無事に済ませました。



本当の四十九日は年末29日なんですが、親戚一同が年末に集合するのは難しく…



少し早めて行いました。




これから百ケ日や初盆や一周忌や、する事がいっぱいあります。




母を助けながら、頑張って生きていかねばなりません。





棺には木の棒を入れました。ばあちゃんは歩くときは杖をついていたのですが使用していた杖は燃えない材質だったので、木の棒に飾り付けをして収めました。
私はよく病室で編物をしていたのですが、その様子を見ていたばあちゃんが「欲しい」と言ってたものを思い出し、告別式の朝、急いで作りました。
ボンボンです。


もうすぐ40代会社員のブログ-201111200127000.jpg


私が携帯に付けてたものを見ていて欲しかったようで、ばあちゃんの好きなピンク、黄色、茶色で2つ作り、その木の杖に飾り付けました。
そうすると鈴のように見えてきて、三途の川を無事に渡れる?ような杖になってくれました。




1週間経った今でも、信じられません。
まだ病院に入院しているみたいです。
毎朝お線香をあげに行って写真を見るたび、涙が出てきます。
よく言い合いもしました。




昔勤めてた職場がばあちゃんちに近かったので夜遅くなるときは泊まりに行っていたのですが、翌朝、必ずお弁当を作って持たせてくれました。
おかずは決まって卵焼きと切り身魚を焼いたのと、焼いた蒲鉾、昆布。
母から言わせると、料理は苦手だったようです。
甘い卵焼きはやさしい味で私は大好きでした。




お洒落なばあちゃんで月イチで美容院。
バックも洋服もたくさん持ってました。




退院したら看病するつもりで一緒に引っ越してきたのに、家に戻らないまま逝ってしまいました。
死ぬの恐いって言ってたなぁ…




ごめんね、ひとりぼっちで逝かせて…




ばあちゃんに会いたいよ…




仕事中、職場に危篤の知らせが入りタクシーで病院に向かいましたが、すでに1時間前から心肺停止していて
先に到着していたじいちゃんと親戚のおじさんは私と母が到着するまで待っていてくれました。
そして、……外しました。



その日は仮通夜となり翌日が本通夜、その翌日が告別式となりました。




いつか、こういう日が来たときのために、ばあちゃんは積み立てをしてたらしく、家族喪でしたがお花いっぱいの祭壇ができました。
写真も、気に入ってたのか60代の頃に撮った正面向いて美人さんに写っているものがばあちゃんのバックの中に入っていたので、それを使いました。
お気に入りの着物も押し入れの中にきれいにしまってあって、旅立ちにはそれを着せることにしました。




私と旦那さんとばあちゃんでよくドライブに行っていて、その時の写真、母の還暦祝いのとき、一緒に京都旅行したとき、私の結婚式のとき…
ばあちゃんが写っている写真をとにかく一枚でもたくさん見てもらおうと、夜中探しまくって持っていきました。
その写真を見た斎場の方が何枚かをパネルにしてくれました。
もちろん、ばあちゃんにも持たせました。




本通夜の前に「おくりびと」の仕事を見ました。
ばあちゃんをお風呂に入れ、シャンプー&リンス、顔剃り…
1ヶ月以上お風呂に入れなかったばあちゃん、とっても気持ちよさそうでした。
女性2人でばあちゃんを抱え、着物を着せ…
感動して涙が出ました。素晴らしいお仕事だと思いました。




その日の夜、孫たちでメッセージを書きました。
棺の蓋の裏に…。
斎場の方が「故人にメッセージを」と入り口にペンを用意して下さっていたのですが、なかなか皆さん書けないようで。
それならば、うちら孫たちがトップバッターになります。
子供4人、孫9人、ひ孫2人の名前、そして、じいちゃんの名前…
小学2年生のひ孫ちゃんにアンパンマンの絵を描いてもらって…
ばあちゃん、さみしくないよね……