仕事中、職場に危篤の知らせが入りタクシーで病院に向かいましたが、すでに1時間前から心肺停止していて
先に到着していたじいちゃんと親戚のおじさんは私と母が到着するまで待っていてくれました。
そして、……外しました。



その日は仮通夜となり翌日が本通夜、その翌日が告別式となりました。




いつか、こういう日が来たときのために、ばあちゃんは積み立てをしてたらしく、家族喪でしたがお花いっぱいの祭壇ができました。
写真も、気に入ってたのか60代の頃に撮った正面向いて美人さんに写っているものがばあちゃんのバックの中に入っていたので、それを使いました。
お気に入りの着物も押し入れの中にきれいにしまってあって、旅立ちにはそれを着せることにしました。




私と旦那さんとばあちゃんでよくドライブに行っていて、その時の写真、母の還暦祝いのとき、一緒に京都旅行したとき、私の結婚式のとき…
ばあちゃんが写っている写真をとにかく一枚でもたくさん見てもらおうと、夜中探しまくって持っていきました。
その写真を見た斎場の方が何枚かをパネルにしてくれました。
もちろん、ばあちゃんにも持たせました。




本通夜の前に「おくりびと」の仕事を見ました。
ばあちゃんをお風呂に入れ、シャンプー&リンス、顔剃り…
1ヶ月以上お風呂に入れなかったばあちゃん、とっても気持ちよさそうでした。
女性2人でばあちゃんを抱え、着物を着せ…
感動して涙が出ました。素晴らしいお仕事だと思いました。




その日の夜、孫たちでメッセージを書きました。
棺の蓋の裏に…。
斎場の方が「故人にメッセージを」と入り口にペンを用意して下さっていたのですが、なかなか皆さん書けないようで。
それならば、うちら孫たちがトップバッターになります。
子供4人、孫9人、ひ孫2人の名前、そして、じいちゃんの名前…
小学2年生のひ孫ちゃんにアンパンマンの絵を描いてもらって…
ばあちゃん、さみしくないよね……