藤沢で、最も有名な本屋は、有隣堂だと思います。
物心がついた30年くらい前、つまり、昭和50年代後半には、藤沢駅南口の名店ビルに、既に入っていました。
小学生の私にとって、有隣堂に本を買いに行くことは、それは、スモールジャーニー。
すなわち、私の地元「六会」という狭い生活圏から出て、藤沢駅までは小田急線で10分。
子どもには、藤沢は大都市。かつ、有隣堂には、膨大な蔵書があり、それは未知の知識の宝庫。
つまり、大都市で、かつ、沢山の新しい本に触れることができる場所という、ダブルの意味で、有隣堂に行くことは、未知の文化圏に足を踏み入れることだったのです。
有隣堂は、横浜の伊勢佐木町に本店があり、神奈川・東京に一大チェーンを築く本屋。神奈川の地元企業です。
本屋だけでなく、文具店、CDショップ、音楽教室も、業務としています。
昔は、「有隣堂パーラー」というものもやっていたそうです。念のため、「資生堂パーラー」ではありません(笑)。
さて、この有隣堂の「有隣」の由来は、ご存知でしょうか?
私の場合、物心ついたときに、有隣堂がありましたから、当初、その由来など、考えたことありませんでした。
ところが、たまたま論語に関係するビジネス書を読んでいたところ、「有隣」についての記述があり、そこで初めて、有隣とは何か、どんな意味かを知りました。
それにより、イコール「有隣堂」の由来を知ることにもなったわけです。
それは、「徳不孤 必有隣」という一文です。日本語にすると「徳は弧ならず必ず隣あり」というもの。
徳のある人は、孤独ではない、その徳には必ず人が集まってくる、常に理解してくれる隣人がいるという意味です。
更にその意味を推し進めると、徳があれば孤独になることはない、だから、徳を養いなさい、徳を持つようにしなさい、という意味もあると思います。
そして、有隣堂は、本こそが徳を養うものであり、徳を持ち、徳を養おうとする人が集う本屋になりたいという気持ちで、屋号をつけたに違いない(かなりの推量あり)。
なお、以降、さすが孔子、さすが有隣堂ということで、私の頭のなかには「徳不孤 必有隣」という言葉が叩き込まれています。
というような由来を、先日、藤沢の友達との酒席で話題にしたところ、なるほどー、といった反応があるはず、という予想に反し、「何それ、おかしくない?」という反応が。
どうも「徳」を「得」と勘違いしたようで。
当然、「得は弧ならず、必ず隣あり」では、意味が全く変わってしまいます。それも、悪い意味に。
得なことには孤独はなく、人が集まってくる(群がってくる)、、、
それが有隣堂の名前の由来のはずありません!
あくまでも「徳」です。
お間違いのないよう。間違えないか。
湘南の弁護士高岡輝征のプロフェッションな日々
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