スピリチュアル・NLP・脳科学の同じ本質 -13ページ目

スピリチュアル・NLP・脳科学の同じ本質

スピリチュアル・NLP・脳科学は結局、同じ結論に帰着します。
(人生は決まってて、自由意思もあって・・・)

困ったとき、悩んだとき、怒りがわいたときは、一度 『すべては決まっている。』と



思うといいです。


そうしてサレンダーしてしまう。


「宇宙におまかせ」の気持ちです。


そうすると自動的にわきおこる思考や感情の渦から抜け出せて、落ち着きます。


またそうすることで、今の自分の状態が変わって、引き寄せる現実が



今までと変わります。


サレンダーはいいですね。


すぐ『いまここ』に帰れます。


それではありがとうございました。




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よく読むブログの石田久二さんの『宇宙となかよし』 と、



雲黒斎さんの『あの世に聞いたこの世の仕組み』 が同じことを



違う表現で書いていたので、面白いと思い、



ここに重ねて書いてみます。




石田さんは、般若心経の無色無受想行識について書かれていて、



私たちが何か認識するときのプロセスを説明されています。




「受」=刺激を受けた状態            



「想」=刺激に対する即座な反応、



「行」=その反応を意識化することで、



「識」=連の刺激・反応を客観視すること




例:「人は危険である」なるビリーフを持つ人


「受」=人と会うという出来事


「想」=それに対してちょっと緊張する


「行」=その緊張から逃れたいと思う


「識」=やっぱり人は危険だよなと認識



このような「刺激・反応モデル」によって、



ビリーフが事実のように認識してしまいます。



この「刺激・反応モデル」はアンカリングとも言えます。



そして、ビリーフはアンカリングで作られたプログラムそのものです。




でも 本当はそんなのなく、そんなのは『無』であり、



この世には一定の形などなくすべてが移ろい行くもので(諸行無常)、



自分が何かに接してそこで得た感覚や気持ちなども、



本当は単なる思い込みであって、最初からないんだよと言われています。



そもそも受・想・行・識もないし、



その受・想・行・識の「刺激・反応モデル」で認識した事実(ビリーフ)もない。



あるのは『空』だけと言われています。




雲黒斎さんは、現実とは「私」という主体が事実と認識したもののことであり、



「現実」の意味や価値を作り出しているのは、



「私」であると言われています。



ということは、「これはこういうモノである・こういう意味である・



こういう価値である」という定義付けが行われている時点で、



「その人の(もしくは第三者の)観念」(解釈の制限)が



通されるので、全ての人に共通の事実・現実はない



ということを言われています。




ここで、さっきの「受・想・行・識」の話を重ねてみます。



『現実とは「私」という主体が事実と認識したもの』という



この認識のプロセスが、



受・想・行・識の「刺激・反応モデル」の作用そのものと言えます。



そして、現実とは、ビリーフそのものです。




そして 雲黒斎さんは次の『プレーヤーを捜せ!』という記事 で、



本当は、ゲームのキャラクターである『私』(自我)は、



ゲームのプレイヤーである『私』(真我)と同じであり、



すべてはプレイヤーである『私』(真我)しかいないと言われています。



このプレイヤーである『私』とは、『空』そのものです。




ここからは、私の解釈ですが、



ゲームのキャラクターである『私』とは、



『空』=『意識の土台・意識そのもの』に現れた



受・想・行・識の「刺激・反応モデル」の反応そのもののことであり、



存在しない幻と言えると思います。



だから、幻である『キャラクターの私』には、その私自身を、



思い通りにコントロールできないと言えます。




それではありがとうございました。




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ブログを書き始めて気づいた、ブログを書いてていいことは、



ブログに書いたことは意識に残って実行しやすいということです。




たとえば『ありがとう』や『天国言葉』を唱えることは、



ブログに書くことでより生活に取り入れられるようになったと思います。



仕事で車を運転している時に心の中で唱えたりするのですが、



前よりもちょっとした時間でも積極的に唱えているように感じます。



お風呂に入っているときに思考がどんどん湧きあがってきて、



思考の渦にのまれそうな時も、



すぐ意識して『ありがとう』や『天国言葉』を唱えるようになっています。




唱え方は、



息を吸って『ありがとう』



息を吐きながら『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』『ありがとう』



『ありがとう』『ありがとう』・・・(息を吐ききるまで)



息を吸って『愛してる』



息を吐きながら『嬉しい』「楽しい』『幸せ』『感謝します』『許します』



『ツイてる』『ツイてる』『ツイてる』『ツイてる』・・・(息を吐ききるまで)



で、最初の〔息を吸って『ありがとう』〕からの繰り返しです。



私はこの方法がやりやすいです。




このようにブログに書くことで意識付けされ、



より『ありがとう』や『天国言葉』を唱えるようになり、



より心安らかな時間を過ごせるようになったと思います。




『宇宙のなかよし』 のQさんは、



「ブログに書いたことは、数年内に叶っている」



と言われていましたが、ブログなり何かしらでアウトプットすると



より意識付けされて実現・実行しやすくなるようです。



それではありがとうございました。




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