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感性と知性が財産です。

第2巻「マグマ」では取り調べを通して、伊郷と大木の対照的な生い立ちを追っていきます。

長編小説「呪縛」 第2巻「マグマ」

大木は有価証券取引法違反で伊郷を勾留することに成功しました。勾留期間の20日間の伊郷と大木のやりとりを書いています。

1986年~2008年。8歳~29歳。
取り調べを通して、大木は伊郷の不遇な生い立ちを知ることになりました。伊郷は伊豆の貧しい母子家庭で育ち、酷いいじめを受けていました。そんな苦しい状況の中で、伊郷がのしあがっていく原動力になったのは、「冷酷な手段を使ってでも勝ち続けなければならない」という意思でしたが、それが伊郷を蝕む「呪縛」になっていました。

幼い大木は、検察官であった父や祖父をとても誇りに思っていました。大木は、いかなる苦しい状況でも正論を押し通すことの大切さを父や祖父から学びました。大木は、正論以外を全て偽りという「呪縛」に囚われていました。

 1997年。18歳。
 伊郷と大木は東大文Ⅰに進みます。2人が最初に相見えるきっかけになったのは、日本経済を扱った一般教養の授業で、日本の産業構造、富の分配について、2人は激しい議論で戦いました。正論だけは立派だが、実態を知らない大木は、伊郷に完全論破された。大木にとって、それは初めての敗北でした。。
 時代は、金融大改革の年。それまでの護送船団方式は完全に崩壊し、企業の破綻が相次ぎ、外資系投資ファンドがそれを買い漁る。
 その光景を見て、伊郷はとてつもないほどの高揚感を覚えた。日本の既得権益体制を崩壊させ、新しい体制をつくる絶好の機会と考えていた。一方、大木は司法が企業破綻、外資系投資ファンドから日本を守る役割でなくてはならないとの使命感を強く感じるようになりました。

 伊郷は外資系証券会社へと進みます。何も変わらなかった日本に落胆して、25歳の時、米国本社の債券部門に異動し、抜群の運用成績を収めていきます。
 一方で、大木は父、祖父と同じ検察官の道を歩みます。いかなる苦しい状況下でも正論を押し通す大木は、庁内で実績を上げていきます。

 伊郷はお金のため法曹人になることを断念したことに劣等感を持ち続けていました。その劣等感を怒りに変えて、伊郷は毎日の相場に勝負を挑んでいきます。

 話は、伊郷の帰国直前までです。さくらが伊郷との子どもを身籠った2009年1月で終わります。その時、生まれてくる子どものために、伊郷は日本帰国を決意します。それは、伊郷にとって1つのゴールで、1度目の人生の役目が終わったことを意味しています。


5月は小説制作を休んでいましたが再開します。
伊郷のライバルである大木というキャラクターを新しく作って、4巻構成の長編小説「呪縛」にしました。全く異なる環境で育った伊郷と大木ですが、根底にある
(正義のために生きる)思考は全く同質です。

メインとなる登場人物を新たに整理します。

伊郷・・・主人公。債券トレーダー。
大木・・・伊郷のライバル。検察官。
陽子・・・元女優。現在ソープ嬢。
さくら・・・伊郷の妻。伊郷とは同じ高校の同級生。

この4人は全て1978年生まれという設定です。
4巻について大まかな構想を説明します。

第1巻「全面戦争」

2009年。30歳。
ウォール街で債券トレーダーとして働く伊郷は、債券市場を攪乱させて、運用利益を叩き出していた。伊郷は日本法人の債券部門の責任者として、日本に帰国した。

かねてから、伊郷の取引手法に不快感を示していた日本の金融庁は、伊郷を司法という手段で潰しにかかる。金融庁は有価証券取引法違反立件に実績のある検察官 大木に、伊郷潰しを依頼した。大木が主任検事となり、伊郷の捜査を開始した。

実は、伊郷と大木は同じ東大法学部、同じゼミの出身で、お互いライバル視
していました。伊豆の母子家庭で育った伊郷にとって、親子3代検察官の大木は、恨めしい存在だった。また、正義感の強い大木にとっては、伊郷の冷酷さ、強欲さには相容れないものがあった。

大木の捜査の罠を嘲笑うかのように、伊郷は債券市場で勝ち続けている。
しかし、伊郷の精神と身体は確実に、異常をきたしていた・・・。

愛する人のために、おめかしをするということは、相手への最高の愛情表現だと思います。男と女の出会いは一期一会です。もう2度と会えないことだってあります。今日その日が最後だと思って、めいいっぱいおめかしした姿で、自分の思いのたけをたくさん話しましょう。

着こなしは、相手への礼儀という理性的な面もありますが、相手への求愛という本能的な面もあります。おめかしを止めた時は、僕が男を止める時です。男を止める時は、僕にとって死刑宣告をされたことと同じです。男であり続けたいから、今日もおめかしをします。

 


 
 
  



今でも自分の音楽のルーツはSing Like Talkingであることは変わりなく、彼らの実力を比較基準として見ています。

18年前の1997年5月28日は、Sing Like Talkingの"Welcome To Another World"の発売日でした。ちょうど大学1年で独り暮らしを始めたばっかりで、築50年のボロアパート(家賃月2万円)で聴いたのを覚えています。生活は苦しかったですが、これを聴いている時だけは、ハッピーな気分になれました。

Sing Like Talking "Welcome To Another World"

↑amazonで試曲できます。



1. Seasons Of Change
2. Real Life
3. Starting Over ~ありあまる想いで~
4. Skylark
5. Forever
6. 君の風
7. Rendezvous
8. Spirit Of Love (Sanctified Version)
9. Flame (Remix)
10. Speed
11. The Light Is You

ホール&オーツのPrivate Eyesを思わせる"2. Real Life"。
ホーンセクションを効かせたファンキーな"5. Forever"。
聞いた後に心が晴れる"6. 君の風"。
言わずもがなのラブソング"8. Spirit Of Love"

5枚目の"Humanity"から9枚目のこの作品まで、6年近く必ず彼らのコンサートには行っていました。しかし、この作品を最後に、僕はファンを止めました。これ以降は、ロックの色合いが強くなって、メロディも悪くなりました。

ブログ名、HNをGhetto Di Venezia(ヴェネツィア・ゲットー)に変えました。

ヴェネツィアのゲットー(ユダヤ人居住区)を旅行した時に、今までにないほどの安心感を経験しました。昔から住んでいたかのようなデジャヴーがありました。

それは、ヴェネツィアのゲットーが作られた歴史的背景が、自分の人生に重なるものがありました。世界で最初にゲットーが作られた都市はヴェネツィアでした。ユダヤ人ということでだけで不当な差別を彼らは受けてきたのですが、ゲットーの中だけで、ユダヤ人たちは自由に商売、貿易を行うことができました。ヴェネツィアの財政を支えていたのは、ユダヤ人たちでした。
僕も幼い頃から、言われのない差別、いじめを受けてきました。差別、いじめを受けてきたからこそ、誰よりも賢く、豊かになりたいという意思が強くなっていきました。ヴェネツィア・ゲットーは、僕にとって思想、魂の原点だと思います。

約3週間ぶりのブログです。

5月に入ってから不眠になり、偏頭痛が続いています。可能な限り、家に帰って体を休むようにしていますが、寝付けない状態が続いています。

睡眠導入剤や向精神薬は、代謝されるのに肝臓を酷使するので、服用したくありません。肝臓が酷使されるので、結果として、体力が奪われ眠たくなります。ビジネスの世界では、過眠の状態は決して許されないので、眠れないほうがまだましです。
薬の作用は一時的なものであり、考え方や価値観を変えない限り、僕の病気は治りません。考え方や価値観を変えることは、自分のこれまでの人生を否定することであり、それは僕には受け入れがたい。

自分を悩ませ、体調不良になっている原因はわかりますが、それについては誰にも話をしたくありません。家族といえども、話をしたくありません。僕の悩みは、誰も理解はできないと思います。

この世で、最も残酷な存在は、時間だと思います。時間は残酷に過ぎていく。惨めに老いていく姿を見るたびに、早く人生を終わらせたいです。

今は嵐が過ぎるのを待つだけです。これまでの経験で、無理に何か行動に移そうとすると、余計に疲れるのはわかっています。
小説「ハスの花」でキーパーソンとなる、「さくら」と「陽子」という2人の女性には、名前付けは偶然でしたが、今は重要な意味づけがあったことに気づきました。

さくらは上原さくらから、陽子は真木よう子から名付けました。

「さくら」は、まさに春に咲く桜です。日本人にとって桜は、どの花よりも特別に美しいものです。厳しい冬が終わり桜が咲き、人々が歓喜するように、「さくら」は、厳しい時代を過ごした伊郷にとって、富と羨望の証でした。
しかし、桜が咲く時間は非常に短く散っていきます。「さくら」との幸せな時間は、伊郷の人生にとって短いものでした。桜が散った後に残るのは、無常観です。「さくら」を失った伊郷に残ったのは、屈辱です。

30歳でうつ病を病んでから、僕にとって花見のシーズンが1年で最も辛いです。桜は僕にとって破滅の象徴です。今でも辛くて目を伏せてしまいます。

一方で、陽子は太陽の光です。うつ病が回復に向っていくなかで、太陽の光が、
全ての色を鮮やかに輝かせていることに、感動を覚えました。陽子という光は、伊郷の強い意志である青を輝かせてくれました。太陽の光を受けるたびに、太陽が自分を輝かせていることに毎日感動します。

伊郷の設定は、当初検察官でした。

検察官という設定を止めた理由は2つあります。

 第1の理由は、2000年代以降のロースクール、裁判員制度を含めた司法制度改革に、僕個人の意見は、それらに反対する立場だからです。ロースクールを卒業することが現在の司法制度では、必須要件となっています。ロースクールを卒業して、司法試験に合格し、法曹界に入るためには、生活費も含めて最低2,000万円はかかります。金持ちの子息しか法曹界になれない現状に激しい怒りを覚えています。僕が現在の司法制度にあきれたように、貧しい家庭で育った伊郷も、同じように日本の司法制度にあきれるでしょう。

第2の理由は、伊郷には決して権力に屈しない性格を持ち続けてほしかったからです。実は、伊郷が身体的に、精神的に異常をきたすきっかけの出来事までは書きあがっていました。

 それは、伊郷の故郷である静岡空港建設での汚職事件です。伊郷はその事件で主任検事として、無実の県会議員、建設業者の癒着をでっちあげて、追及していきます。伊郷がでっちあげに加担した理由は3つありました。
 1つは、伊郷、上長を含む派閥の庁内権力拡大のため、上長からの指示に従いました。
 2つめは、伊郷自身の名誉欲です。伊郷は、司法という手段で、故郷の静岡の有力者を追及していくことによって、自分の力を見せつけたかったからです。
 3つめは、伊郷の妻である、さくらの父のためです。さくらの父は国土交通省のキャリア官僚です。静岡空港建設の汚職をきっかけに、さくらの父のライバルである現職の国土交通省事務次官を引責辞任に追い込ませて、さくらの父に後任の事務次官というポストを用意したかったからです。

 2つめの理由は、伊郷の不遇な過去から、自分の力を見せつけたいという気持ちは納得できます。
 しかし、1つめと3つめは、権力に加担することで、苦難に逆らって生きてきた伊郷の存在価値を落とすものだと判断して、結局は書くのを止めました。

この検察スキャンダルの話は、また別の作品で使いたいと思います。

家で焼きとんを作りました。おうち居酒屋です(笑)。
 
 


3cm角に切った豚肉を、しょうが、ネギ、紅茶で
20分ほど煮出します。最初の10分くらいでアクを
十分取ります。
紅茶で煮出した豚肉に塩麹をまぶして30分ほど
漬けます。ネギを串に挟んで、やきとんにします。

塩麹で30分ほど漬けただけで、豚加工品のような
旨みが十分に出ます。
この塩麹豚肉でゴーヤチャンプルーを作っても
美味しいです。

 映画「ひまわり」で、マストロヤンニ演じるアントニオが、
昔の妻ジョヴァンナ(ソフィア・ローレン)ではなく、現在の妻
マーシャとの生活を選んだのを覚えていると、この映画では、
23年間片想いを貫いた男性を演じたマストロヤンニの対比が
感慨深く、微笑ましいです。

迷子の大人たち



公開:1992年
制作国:アメリカ、日本
監督:ビーバン・キドロン
主演:マルチェロ・マストロヤンニ
    シャーリー・マックレーン

長年連れ添った夫の葬式の日に、未亡人パール
(シャリー・マックレーン)は、元バーデンダーである
ジョー(マルチェロ・マストロヤンニ)から、25年間
片想いだったことを、パールに告げる。
パール、ジョー両方の子どもたちや家族は、
それぞれに問題を抱えていて、パールの決断が、
周囲を変えていくことになる・・・。

人は失敗すれば、立ち止まって、そこに留まってしまう。
次も失敗するのが怖いから。失敗するくらいなら、
何もしないほうがましだから。
邦題で「迷子」と表現したのは、本来自分の進みたい
生き方をできないで留まっている人のことを、上手に
表現している。
自分の進みたい道を選択できて、生きていけるように
なった時にこそ、人は「迷子」じゃなくなる。