第1 設問1(1)ア
1 AのCに対する所有権に基づく乙建物収去甲土地明渡請求(200条1項参照、206
条)に対し、Cは契約①に基づいて甲土地の占有権を有すると反論することはでき
ない。以下、その理由を述べる。
2 まず、Aとしては、①甲地をAが所有していたこと、②Cが甲地の上に乙建物を
建築して甲を占有していることを主張する。
3 これに対し、Cとしては、㋐BC間で甲の賃貸借契約が締結されたこと(601
条)、㋑同契約に基づき甲土地の引き渡しを受けたことを主張する。そのため、
Cとしては、甲の占有権原として賃借権を取得している反論する事が考えられ
る。
4 しかし、Aとしては、Bは本件甲土地の所有権を有していないので、本件賃貸
借契約は他人物賃貸借でありBC間で有効であるにすぎず、本人には主張できな
い旨(559条本文、601条、561条)、再反論をする。
5(1)そこで、Cとしては本件賃貸借が他人物賃貸借だったとしても、Aは他
人貸主であるBの地位を相続により包括承継したとして(896条1項本文)、
甲の賃借権を適法に取得したと再々反論することが考えられる。Cの具体的
な主張は以下の通りである。
(2)まず、死亡した被相続人のBから見てAは親であるので、AはBの直系
尊属としてBの相続人となる(889条1項1号、同項柱書)。そして、Aは特
に相続放棄もしていないことから、AはBの死亡によりBを相続した(882
条、896条本文)。
相続により、「被相続人は…被相続人の財産に属した一切の権利義務を承
継する」ので(896条本文)、AはBを包括承継したといえる。
(3)したがって、Cとしては、Aに対し契約①の効果として、Cが甲の賃借権
を取得し、甲の占有権を有することを主張することとが考えられる。
6(1)これに対し、Aとしては他人物貸主を相続したとしても、本人としての地
位に基づき、本契約の無効を主張することはできると反論する。相続といっ
た偶然の事情で、本来無効である契約を当然に有効としてしまうと、本人の
利益を害するからである。
(2)もっとも、本人が他人物賃貸借の無効を主張することが信義則(1条2
項)に反する特段の事情がある場合にまで本人を保護すべきではない。そこ
で、このような事情がある場合はCからAの上記主張は許されないと反論でき
るが、本件では係る特段の事情はない。
(3)したがって、本件では、Cは甲の占有権をAに主張できない。
7 よって、Cは契約①に基づいて甲土地の占有権を有すると反論することはできな
い。
第2 設問1(1)イ
1 Cとしては、㋐の反論が出来ないので、㋑の反論に基づいて請求1を拒むことが
考えられるが、本件では認められない。㋑は、留置権の抗弁(295条1項本文)で
あるので同抗弁がなぜ認められないのか、以下検討をする。
2 留置権の要件は、ⓐ留置権の目的物が「他人の物」であること(295条1項本
文)、ⓑ被担保債権と物の引渡請求権との牽連性(同本文、「その物に関し
て」)、ⓒ被担保債権が弁済期にあること(同項ただし書)、ⓓ占有が不法行為
によって開始していないこと(同2項)である。
3(1)まず、甲は、前述の通り、Aが所有する土地だから、ⓐ留置権の目的物は
「他人の物」である。また、本件では甲の所有者AからCに明渡請求がされて
いるので、他人物売主の履行は不能になったといえ(412条の2第1項)、ⓒ
被担保債権である300万円の損害賠償請求権が弁済期にある。そして、Cの甲
に対する占有は、Bの他人物賃貸によるものであり、CとしてもBに甲の取得
経緯などを聞いていることから、ⓓCの占有は不法行為によって開始していな
い。
しかし、ⓑ被担保債権と物の引渡請求権との牽連性があるかは争いが生じ
る。
(2)留置権の趣旨は、被担保債権の債権者と物の引渡請求権者の公平を図る
点にある。
そうすると、ⓑ被担保債権と物の引渡請求権との牽連性がある場合とは、
留置権成立当時において被担保債権の債務者と物の引渡請求権者が同一であ
る場合をいう。
(3)ア この点、前述のようにAはBに対し、甲の明渡請求権を有する。そし
て、前述のように、AはBを相続しているので、BがCに対して負う損害賠
償債務をAは包括承継している。そうすると、本件では、留置権成立当時
において被担保債権の債務者と物の引渡請求権者が同一であるとも思え
る。
イ しかし、これでは前述した他人物賃貸借の貸主を本人が相続した場
合貸主の地位と本人の地位が併存するとした趣旨を害する。相続という
偶然の
事情により、本人が害されることを許すこととなるからである。
ウ そこで、本件では、留置権成立当時において被担保債権の債務者と物
の引渡請求権者が同一であるとはいえない。
(4)したがって、本件はⓑ被担保債権と物の引渡請求権との牽連性があるとは
言えない。
4 よって、Cは㋑の反論に基づいて請求1を拒むことが認められない。この様に解
しても、Cは、Aに対し他人物貸主の責任(117条1項参照)を追及するこが出来
るので、不当ではない。
第3 設問1(2)イ
1 DがEに報酬として支払った30万円を、DはAに直ちに償還請求しているが、20
万円の限度で認められるに過ぎない。理由は、次の通りである。
2(1)AD間では乙建物につき賃貸借契約が締結(601条)されている。そのた
め、上記請求権は必要費償還請求権(608条1項)である。そこで、上記請求
が、同請求権の成立要件を充たしているかを検討する。
(2)ア まず、必要費償還請求権が認められるためには、当該「支出」が「賃
借物について賃貸人の負担に属する」こと(同項)が必要である。
イ 本件工事は、乙建物内の丙室の雨漏り対策の為であった。雨漏りがあ
ると、その部屋の通常の使用には支障があるので、本件工事は「賃借物
の使用…に必要な修繕」(606条1項本文)といえる。そして、本件雨漏
りは、AD間の賃貸借契約締結以前から存在していた原因によるものであ
る以上、「賃借人の責めに帰すべき事由」はない(同項ただし書)。
そうすると、本件工事は「賃貸人」Aが行う「義務」を有していたとい
える(同項本文)。
ウ したがって、本件工事代金は、「賃借物について賃貸人の負担に属す
る」。
(3)ア 次に、608条1項の趣旨は、本来賃貸人が支出すべき金銭を出演した賃
借人と賃貸人との利益調整を行う点にある。そうすると、「必要費」
(608条1項)とは、賃借物を通常の用法に従い利用するにあたり、不可欠
な金銭の出捐を意味する。
イ 本件工事は、乙建物内の丙室の雨漏り対策として行われた。雨漏りが
あると通常の部屋としての利用が出来ない。そのため、雨漏り対策は、
賃借物を通常の用法に従い利用するに当たり、不可欠であり、その対策
にかかった費用は、「必要費」といえるとも思える。
これを前提にすると、本件でDが出捐した30万全額が「必要費」にな
りそうである。
ウ しかし、本件雨漏りであれば、20万円が相場である。しかも、本件丙
室を緊急に修繕せねばならなかった特段の事情もない。
そうすると、本件において賃借物を通常の用法に従い利用するにあた
り、不可欠な金銭の出捐は20万円である。
エ したがって、本件における「必要費」は20万円である。
3 よって、請求3は、20万円の限度で認められるに過ぎない。
第4 設問2
1 IはFに対し所有権に基づき、丁土地の明渡請求(200条1項参照、206条)をし
ているが、認められない。理由は、次の通りである。
2(1)上記明渡請求権の要件は、①Iが丁の所有権を有していること、②Fが丁
を占有していることである。
(2)同請求をする為に、①Iとしては、Iが丁の所有権を取得していることを主
張する。
すなわち、丁の元所有者はGであった。しかし、令和5年12月6日、Gが
Hと離婚する際、丁をHに財産分与した(768条1項)。その後、令和6年1月
10日、H・I間で丁の売買契約(555条)が成立した。
したがって、Iは、①Iが丁の所有権を取得したことを主張する。
(3)そして、Fは丁を駐車場として利用している。そのため、Iは、②Fが丁を
占有していることを主張できる。
(4)以上より、IはFに対し所有権に基づき、丁土地の明渡請求ができると主張
することが考えられる。
3(1)これに対し、Fとしては、GH間の財産分与が錯誤により取消されたので
(95条1項柱書)、Iは遡及的に無権利者となったHと売買契約したにすぎず
(121条)、丁の所有権を取得しないと反論することが考えられる。そこで、H
が錯誤を主張する要件を満たしていたかを検討する。
(2)本件財産分与は、財産分与の課税が分与をした者にはかからないというHの
誤解により行われた。これは、財産分与という法律行為の基礎事情について
表意者Hが有していた認識が真実に反していたことを意味する。
そのため、本件Hの認識は、「表意者が法律行為の基礎とした事情について
のその認識が真実に反する錯誤」(95条1項2号)にあたる。
したがって、Hの本件「意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくもの」(同項
柱書)といえる。
(3)そして、上記Hの認識は、「私に課税される税金は、何とかするから大丈
夫。」といった形で、財産分与時にGに対してなされていた。
したがって、本件では、「その事情が法律行為の基礎とされていることが
表示されていた」(同条2項)といえる。
(4)次に、Hは財産分与の協議をする際、課税がHに対してのみされると考え
て、本件財産分与の協議に応じた。
したがって、税金がHにのみ課されるという「錯誤が法律行為の目的…に照
らして重要なもの」(同条1項柱書)といえる。
(5)また、上記錯誤は税法上の理解不足によるので、「重大な過失による」
(同条3項柱書)ものである。しかし、GH両名とも、誤解していたので本件
では、「相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき」(同項2号)に当た
る。
したがって、本件では、重過失を理由とする錯誤取消の主張制限はされな
い(同項柱書、「次に掲げる場合を除き」)。
(6)以上より、本件ではHは錯誤を主張できる。
4 これに対し、Iとしては、HがGH間の財産分与を錯誤により取り消したとして
も、Iは錯誤取消前にHから丁を購入していることから(555条)、錯誤取消前の
第三者として、取消を対抗されないと反論する(95条4項)。
5(1)これに対し、Fとしては、Iが丁の「登記」(177条)を備えていないこと
から、丁の所有者と認めないとの反論をすることが考えられる(同条)。そ
の詳細は、以下の通りである。
(2)GH間の財産分与がされた後、丁を取得したHからIは丁を購入して所有権を
取得した(555条、176条)。その後、GH間の財産分与は錯誤を理由として
取り消された。そのため、GH間の財産分与は「初めから無効であった」こと
となる(121条)。
そうすると、HI間の売買も遡及的に他人物売買となり、Iは丁の所有権を取
得しなかったことになる。しかし、これは一種の法的擬制に過ぎず、売主Hを
起点としてIとGの間で復帰的物権変動が起きていたこととなる。
その後、FはGから丁を購入した。そのため、FはIと二重譲渡類似の関係に
立つ。
(3)ア 177条の趣旨は、登記を通じて不動産取引秩序を図る点にあるので、
「第三者」(同条)とは、当該物権変動の当事者及びその包括承継人以外
の者で、その物権変動とは新たに独立して法律上の利害関係を有するに
至った者を意味する。
イ IF共に、財産分与契約の当事者でも包括承継人でもない。そして、財
産分与とは無関係に丁をそれぞれ購入していることから、その物権変動
とは新たに独立して法律上の利害関係を有するに至った者といえる。
ウ したがって、IFは互いに「第三者」であるが、Iは丁の登記を具備して
いない。
(4)以上より、Fとしては、Iを丁の所有者と認めないとの反論できる。
6(1)これに対し、Iとしては、FがGから本件取消に至るまでの事情を聞いて売買
に及んだことから、背信的悪意者であり、信義則上(1条2項)、「第三者」
(177条)として保護されないとの反論をすることが考えられる。
(2)配信的悪意者とは、単なる悪意者ではなく、背信性を有しており、不動産
取引秩序を害するものである。そのため、信義則上、「第三者」とされな
い。
(3)Fは、本件財産分与が錯誤により取り消されたことは知っていたが、Iを害
する意思はなく、その他にも丁を巡る不動産取引秩序を害そうとはしていな
かった。そのため、Fは背信的悪意者ではない。
(4)したがって、Fの「第三者」性は否定されない。
7(1)以上より、IはFに対して丁の所有権を対抗できない。
(2)よって、IのFに対する所有権に基づく丁の明渡請求は認められない。
第5 設問1(2)ア
1 DはAに対して、令和8年31日に支払った同年9月分の賃料の一部返還請求をして
いる(611条1項)。同請求は認められる。理由は、以下の通りである。
2(1)ア 同請求権の要件の1つは、「賃借物の一部が滅失その他の理由により使用及
び収益をすることができなくなった場合」(同項)に当たることである。
イ AD間では乙建物を目的物とする賃貸借契約が締結されている。そして、乙
建物内の丙室で雨漏りが起きている。雨漏りが起きていると、部屋としての
通常の使用が出来ない。
ウ したがって、本件では「賃借物の一部が…その他の理由により使用…する
ことができなくなった場合」に当たる。
(2)ア 同請求権の要件の2つ目は、丙室の使用不能が「賃借人の責めに帰するこ
とができない事由によるものであるとき」(同項)に当たることである。
イ 本件雨漏りは、AD間の賃貸借契約締結以前から存在していた原因によるも
のである。
ウ したがって、丙室の使用不能は「賃借人の責めに帰することができない事
由によるものであるとき」(同項)に当たる。
(3) 以上より、Dは611条1項の要件を満たしている。そのため、DはAに対して、
丙室が利用できなくなった令和8年9月11日から同月末日迄の丙室分の賃料の一
部返還請求ができる(同項)。
以上