「また、バカ殿でなくハンサムな殿の方か・・・」




でも、私が「社会人」になって会社勤めをし、日本中あちこち転勤することになった際に、これをみごとに証明する機会に(自然と)恵まれました。

なぜなら、会社では、自分が「いやな人」はどうしても「一定の数」発生してしまうから。

また、相手の人にしても私がそういう対象であることもあるでしょう。


そんな嫌な人から、転勤の最後のあいさつを「きちんと」していただくと、それまでの嫌な印象が、「好転」とまではいかないけれど、ある程度はいい方に「中和」されて残ってしまう。


「向こうさんも仕事に一生懸命だっただけで、実はそんなに悪い人ではなかったのかなあ」などど、勝手にすり込まれてしまい、後で思い出すときもそうなってしまうのです。
~cf.勤務していた職場(金融機関の支店)は、お客さんとかで取り込み中でなければ、時間が許せば、最後の瞬間は、職場の1人ずつにごあいさつをしました~。



だから、出て行く時は、やはり、最後のあいさつには気をつけて「きちんと」しました。


別に、「いい印象をもたれて終わろうとか」「最後にリカバリーしておこう」とか姑息なことを考えたわけではないんですけど、「人としての礼節として」当然そうしてきましたね。




冷静に考えれば、これは「正しい理屈」なのです。


お互いにビジネスで「喧々諤々(けんけんがくがく)」やっているだけであって、原則として別に「個人的な恨み」とかあるわけではないんですからね。




人は感情の動物なので、印象の「善し悪し」を抱いてしまうのはしかたないことです。


そして、人は忘れやすい動物でもあります。




私の場合、いつもまわりから「いい人だと思われすぎる」(ウソ)ので、チョイわる」なイメージを残そうとして、「わざと」転勤前の最後の印象を「ぞんざい」にして出てきたこともありますけど。



それから、経験(実験)してみて、またその人と再開する可能性が(多少でも)ある相手の場合には、この法則はあまり通用しないこともわかりました。


(これも考えてみれば当然ですな。一生の別れではなく、また会うんですもの)


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西山経営労務事務所