生きている世界と同じように流れている世界があって、私はそれを見ることは出来ない

その世界と私が見ている世界は影響し合っていて、そちらの世界には二元性(こっちの世界で生きて私が感じる善し悪し)はあまり関係無い

例えば、上手くいかない事があってとっても落ち込んだ、としても、流れで見ると全然悪い流れでは無かったりする

むしろとても流れにうまくのっている状態だったりする

でも、私はそちらの世界の事は分からない

何が大事かというと

『直感』

あと

『違和感』

こうしたい、ああしたい、が、純粋なところから来ているのか?

他の変な欲が混じっていないか?

変な欲が混じっていたら、普通は気付くんだよね。

その時は分からなくても、自分で、何かしらの違和感を感じるもの。

そうやって、削ぎ落としてシンプルに純粋になっていくんだけど

違和感を感じ辛い社会?ご時世?でもあるなぁとも思っていて。

だからって、そういう社会のせいにしないで、自分の感覚を研ぎ澄ませていくしかない。

その方法が、私は、ピクニック、里や山で山菜を採りに行く事、キールタンをすること、睡眠、入浴、なんだけれど、それは人にとって色んな方法がある。

なんだけれど、この世界ともう一つの世界は、山や海は繋がっているから、自然に入るというのは本当に大切な事。

特にこの新緑の時期は迫り来る緑に本当に感動する。

どんどん外に出よう!!!!!