2014に叔母が入所した日、帰宅途中で記憶がなくなったblogを投稿し直していて

あの日の混沌とした気持ち悪さが蘇ってきた。

あのコンビニは今でもあって、どこに車を停めたかも覚えているのだが、黒でも白でもなく、目が覚めた時の色んな色がボヤケながら遠のくような妙な気持ち悪さ。

とにかくあの頃は忙し過ぎて頭が変になりそうだったが、まだ体力があったのであの程度で済んだのかも...とは思う。

 

私は母が32歳の時の子で、昭和一桁生まれの子どもにしては遅い方。

小学生の頃は、あと10歳は若いであろう母親の多い授業参観が嫌だったのだが、

母が22~3で私を生んでいたら私は60歳頃から介護を始めなければならなかった計算になる。もちろん60でも若々しい人はたくさんいるが、50頃~の体力・気力と60頃~のそれは結構違うと思われる。

何なら、父や母がもっと年老うまで丈夫で 自分が70頃から介護する生活だったとしたら、時に荷物を持ったまま走ったり、階段を駆け下りたり、あちこち電話して調べたりマメに相談に行ったりするような介護はできなかったかも知れない。

 

そう考えると、授業参観時の気恥ずかしさなんて微々々々たるもので、老老介護にもならず、父母を見送った後でもまだ少しは新しい事が始められる年齢であることは運が良いのだ...と、10年前の自分に言ってやりたい。