認知症という呼び名になって20年余り経つが、ある程度年齢の行った人で 咄嗟に認知症というワードが出ず、未だに「痴呆」とか「痴呆症」と言う人は恐らく介護とは無縁の満ち足りた生活を送ってきた方と思われる。

毎日朝から晩まで認知症の◯◯、認知症で✖✖、認知症が△△を体験し、困惑し、解決策を模索している認知症介護者とは生きてきた場所が違うのでそれは仕方ない。

その昔、いわゆる掲示板的なものが全盛の時代、親の認知症について相談する人などがいると「忘れたのなら教えてやればいいのに何故しないのか」「老人ホームに入れれば済む」類の介護未経験らしい返信が山のようにあり、丁寧な返信でさえ「受診されてはいかがですか。全快をお祈りしております」レベルだった。それに比べたら現在の各種病気に対する情報量は凄まじく むしろ取捨選択が必要なほど。

 

認知症の専門科を受診してアリセプト(ドネペジル塩酸塩)が処方されたという人は多いと思うし(第一選択薬60%以上)認知症について検索すれば必ず出てくる薬。

ドネペジルには副作用として、怒りっぽくなるというのがあるが(あくまでも副作用の一つであり、添付文書によると興奮、不穏、易怒性、幻覚、攻撃性、妄想等の出現率は0.1~1%未満と記されている)うちの両親はふたりとも服用後の精神症状が顕著っだったので我が家では100%の副作用出現率である。

父は途中からメマリー(メマンチン塩酸塩)に変わり、暫くは静かだったが、それも徐々に効かなくなり最終的には他の精神科の薬も併用するようになった。

母は元々穏やかで、どーんと構えているところもあり、細々した事には拘らないし愚痴や攻撃は一切ない性格だった。それがアリセプトを飲み始めて暫くすると、近所の家のアレが気に入らない コレが気に入らない、文句を言いに行ってやると1日中怒ってばかり。父で凝りているので、母のアリセプトは私の判断で飲ませるのをやめ、次の受診の際に先生に報告し、他の認知症の服薬も積極的には希望しない旨を伝えた。

アセチルコリンの増加に慣性ができるのを待つという選択肢もあるらしいので、それを待つべきだったのか、あの時にやめたのが正解だったのかは未だに分からないが、最終的に治らないなら薬の取捨選択も時には必要なんだと思う。

 

鳴り物入りで登場したレカネマブも、アメリカでの評価は 高額な上に2週間に1回の点滴を18ヶ月、脳出血のリスクと頻繁なMRI検査をして7.5ヶ月しか認知症の進行を遅らせることができない上に効果もプラセボと大差ないそうだ。

 

「全快」などしない以上、認知症の薬を飲むことにあまり意味は無いと思うし、要は栄養状態もよく、医療が発展して肉体はそこそこ長持ちするようになったけど、特効薬も取り替えも効かない部品はそれに付いて行けない年齢になってるのよ。

 

寿命って改めて辞書で調べると当然「命がある間の長さ」だが、転じて「物が壊れずに働く期間」とある。

いちばん大事な部品のアタマが壊れちゃってるのに、体だけ丈夫だから世話するのが大変なわけで、自分の将来を考えても 早々に法改正がされて 自分や家族の判断で寿命を決められるようになることを願うばかり。