今日は知人のお葬式だった。
心筋梗塞だったらしく、一人暮らしだったので救急車が着いた頃には間に合わなかったらしい。
長く先生をしていたので、駐車場が混むと思い少し早めに出た。
斎場の駐車場に着くと携帯に着信。
D叔父(父の弟・認知症)の家である。
まだ時間はあるが、葬儀なので面倒な用事を頼まれても帰れない。
そのままにしておいたが、また着信。
しょうがないので電話を取ると、父がD叔父の家に行くのを今すぐ止めて欲しいと。
どういうこと?
少し前に父が叔父の家に電話をして、今から行くと言ったらしい。
父の運転を危ぶんでいる叔父は、途中で事故でも起こしたら大変なので
車で来ないように説得して欲しい、もしくは私が乗せて来いと。
叔父は認知症と診断される前まで自分で運転をしていたが、ある日病院からの帰り道が分からなくなってしまった事があり自分で納得してスッパリ運転を止めたクチ。
告別式なんですが....そのあと仕事に戻る予定なのに(-_-;)
父に電話をする。
「どこかに出かける予定?」
「特に予定はないが」
D叔父も認知症なので、どちらが正しいとも言えない。
私「今日、D叔父ちゃんと電話で話した?」
父「あぁ、Dなら今来てたぞ」
な・ん・だ・そ・れ・は
私「家に来たの?」
父「玄関先で話してたんだが、用事があるとかで上がらないで今帰ったところだ」
やけに具体的である。
が、車を持っていないのに来るはずがない(ウチの近くには公共交通機関が無い)。
母に電話を代わって貰ってD叔父が来たかどうか聞いたが、朝から家にいるが誰も来ていないと。
多分これが私が目の当たりにした(耳にした)、父の初めての幻視症状である。
とりあえず出かける気は失せているようなので叔父宅に報告の電話。
叔父「いや~!珍しいね電話くれるなんて」
は?
頭が正常な叔母に電話を代わって貰った。
------- 2025.1 追記-------
後で考えれば、この時に受診し投薬を受けるべきだった。
病院ではアルツハイマー型と言われたが、レビーとの併発だったのかも知れない。
認知症の型は何十種類もあるので全く別の型だったかも知れない。
今ならそれが想像できるが、父の元々のねじ曲がったアタマおかしい性格が災いして当時は闇の中&深い穴の底。
父の本当の病名が何だろうとどうでも良くて、毎日が無事に終わることだけが一番の課題だった。
この薬を飲ませるか飲ませないか、母の手術の心配、父に運転をさせないためにどうするか、叔母の施設をどうするのか、
もう少しすればどこかに光が差すかも知れないという期待と、未知の分野の模索と判断の連続にほとほと疲れていた。
できればこれ以上新しいことを1mmもしたくない。
そう思ったのも確か。
日常の延長は変化に気付きにくい上に、自分も負の感情が伴う行動は起こしにくい。
その中でも、コレは違うと感じた瞬間だったのに放置した。
私の中でも父の幻視は、認知症のそれとは別質の衝撃で
あの時確か、精神障害や脳障害の領域に近い気がしたはずだった。
放置した結果、周囲も幻視・幻聴発言に慣れ、その他の不可解な言動にも慣れてしまっていくが好転はしないので家族は疲弊して壊れていく。
普通に考えれば、無いものが見えるという訴えは異常なはずなのに
毎日少しずつ異常が増えていくことに慣性ができてしまい区切ることができなくなるし、区切ることさえ面倒になる。
いま介護中の人には、こういう転機を見逃さないで欲しい。