昨日はA伯父の一年忌の法事だった。

ユーモアのある伯父で、父の兄弟たちの異様に偏屈な考えをサラッとかわしつつ、ちょこっと皮肉る術を身に付けている人で、小さい頃は盆や正月以外にも結構行き来があったので、面白いおじちゃんと話しをするのが楽しみだった。
大人になって余り会う機会もなくなってしまったが、父の兄弟たちの全てを知っている伯父ともっと話しておけば良かったと悔やまれる。

その子供であるA2さんと私は7つ違うので、一緒に遊んだような記憶はないのだが、2012年に叔母の借入金のことでメールをして、過去にA2さんがC叔母の認知症の対応をしていたことを初めて知った。
その後もA伯父さんの容態のことなどで何度かメールを交わしてはいたが、法事のあとにお宅にお邪魔することになった。

もう、何というか話しが溢れ出ると言うか^^;

正直なところ、両親で手一杯なのにC叔母の存在が常々重荷だと思ってしまっているのでそういう方向の話しをしてしまうのだが、A2さんは介護もよく分かっていて核心を突く返答や提案が返ってくる。
普段は東京で働いているのだが、ご主人の親を地元の施設に引き取り、伯父の通院も仕事の都合を付けては帰ってきてこなしていた人なので、1個言うと何が大変でどんな問題を孕みやすいかを知っていて状況を類推してくれるし、何にどれくらい時間を取られるかをよく知っている。
B1にも時々話すのだが、何だろう・・・他人事と言うか「へぇ、そうなんだ」みたいな反応しか返ってこないので、お手伝い感が否めない。

過去にA2さんが叔母の面倒を見ていた時は、他の叔父・叔母、いとのこ手も無かったわけだから今の私と同じ思いをしたはずなので、私のほうが「大変だったね」と言わなければならないのだけれど....。
A2さんの方も、お父さんが亡くなった頃の事について
私達B家では全く知らなかった色々があった事を知って、みんな大変なんだと改めて思った次第。
外からは見えないけど、それぞれの家庭にはそれぞれの事情が少なからずあるってことだ。

何れにしても、話しをしてスッキリするというのはこういう事なんだなと思った。

叔母のことを誰かに話すとしても、下地がないと話が長くなるだけなのだが
下地のあるA2さんと話しができたことで少し肩の荷が下りた。
「できることがあれば言ってね」と言われたが、A2さんは私とは別の種類の忙しい人。普段地元にいないどころか著書があったり海外出張が多かったり....お願いできることは限られるけど、現状を知って貰えるだけで元気が出る。

早速明後日の病院は連れて行ってくれると連絡があった。
そうなの、これなのよ。

一緒に行こうか?じゃなくて、責任を持って行ってくれる。

ありがたい事である。