父はまだ認知症の診断を受けたわけではない。
が、ただの物忘れなんて時期はとうに過ぎて
病的な忘れ方の時期に入っている。
ただ、自分が認知症だと思っていないので、病院に連れて行くことが容易ではない。
高血圧やその他の軽い疾患もあり定期的に内科には行っているので
試しに先生に聞いてみたら、うちは精神科じゃないんで、と、けんもほろろ。
取りあえず長谷川式くらいできるでしょと思うけど。

何もかも分からなくなった訳ではないので精神科を標榜している病院の敷居は高い。
これは、うつなどが身近に語られるようになった若い人はともかく
高齢になればなるほど拒否率が高いのではないだろうか。
認知症でないと言い張る高齢者を受診させるには
騙して連れて行くしかないのに、
玄関に大きく精神科とか認知症外来なんて書いてあるとちょっと、連れて行く自信がない....。
高齢者健康外来とかもう少し前向きな言い方は無いのかしら。

 

そもそも認知症と診断されたとしても、その後どうするの?って話し。

治る薬は無いし、酷くなるのを待つしかない気がする。

酷くなれば入院や入所もできるんだろうけど

今の父程度の状態では、本人の拒否もあるだろうし

どこにも受け入れ先が無い気がする。

 

ここ半年は、通帳やキャッシュカード、
財布をしまい込んでは盗まれたと大騒ぎし
何時間も掛けて母と私で探すのが日常である。
見つかれば、泥棒がこっそり返しに来たと言い
探してくれてありがとうなんて言われた事は一度も無い。

通帳には変にこだわりがあって、預かることは難しい。
昔から、葬儀や結婚式に参列するときでさえ通帳を持って行っていた。
1日に何回も通帳を見てはしまい、また開いてはしまう。
昭和30年代に初めて作った通帳から順番に並べ
それぞれの表紙には○年○月○日〜○年○月○日と書いてあり
20冊ほどをまとめて穴を開け、KOKUYO(銘柄指定)の黒い綴紐で綴じている。

その他にもガソリンを、いつ、何リッター入れて
その時の走行距離が書いてある手帳も40年分くらい持っている。
統計でも取ってどこかに出すのかな。
70を過ぎた辺りからカテゴリ分けや重要・非重要の区別ができなくなったが
書類への拘りは増すばかり。
固定電話の明細も、電気屋さんの「今なら1万円引!」のチラシも
株の月次明細も、ATMでお金をおろしたときの小さい明細も
一緒くたに一つのファイルに綴じている。
そして、全部受付日の日付印が押してあるのがミソ。

こういう拘りは認知症になっても続くと悟ったので
何かのコレクターは早めの身辺整理をおすすめしたい。

昔から忘れっぽく、通帳や運転免許証をよく失くしていたし、たぶん元々被害妄想もあるっぽいので、一層厄介なのだ。
銀行の窓口で通帳を忘れそうになった時に「窓口の奴が通帳をポケットに入れるのを見た」とか、
庭で草を取っていて、鎌をどこかに置き忘れたときも
近所の○○が鎌を持っていったとか、そんなことばかり言う。
隣の家の古い鎌なんて持っていくはずがないと
分かっている上で言うだけなのか、本当にそう思っているのか。
聞く気にもならないので真意はわからない。

元々の性格は、認知症が進むとより顕著になると思う。
怒りっぽい人はより怒りっぽく、被害妄想はより酷くなり、

穏やかな人は やっぱり穏やかだと思う。

 

私は口が悪いので、今のうちに心を入れ替えねば...と思うネガティブ