フローレス島巡礼記4 | 実力行使でございます-アジア流血巡礼紀行-

フローレス島巡礼記4

「どこへ行きますか?」

夜の十一時。スンバワ・ブサールのバスターミナルで一人たたずんでいたわたくしに、バイクタクシーのライダーが日本語でそう声をかけました。

もっとも、こういう日本語を使うバイタクは珍しくありません。「コニーチワ!」「アリガトゥ!」「ナカタ、ナカタ!」等、こいつら本当にそんなんで日本人と仲良くできると思ってるのかという片言日本語は、ウンザリするほど聞いてきました。

しかし、その時の彼は違いました。落ち着いた感じの口調に、かなり形のできている発音。「ホテルまで案内します」。このような丁寧な日本語を話すバイタクが、まさかこんな観光スポットのないド田舎島(と言っては失礼ですが)にいるとは!

彼の名前はサンディー君。来日経験はなく、日本語はこのスンバワで勉強しているとのこと。まだ単語はあまり知らない模様でございますが、発音がしっかりしております。日本語の発音というのは、外国人にとってはかなり難しいというのはわたくしも知っています。

そのサンディー君に連れて行かれた宿で一泊。翌日の八時にこの宿を出てバスターミナルへ戻るつもりでございましたので、ぜひ迎えに来てくれるようにとサンディー君に頼みました。

こういう場合、大抵のインドネシア人というのは二、三十分遅れるものでございます。決めた時間というのはあくまで目安であって、その通りに実行してくれる場合などほとんどありません。しかしサンディー君は時間にうるさい日本人の気質をよく心得ておりました。何と約束した時間の三十分前に宿へ来てくれました。

「さあ、行きましょう!」

わたくし、ここに来るまでにジャカルタやバリで詐欺同然のバイタクやベモに何度も出くわしました。その度に怒り震え、叫び、相手の喉輪を掴みました。だからこそこのサンディー君の律儀さが輝かしく見えるのでございます。

しかも彼は、交渉して決めた運賃にあとから文句を言ったり、余計なチップを要求したりなどはしません。昨夜の20000ルピア、そしてこの日の10000ルピアでこの予想外の寄り道を通り過ぎることができました。

本当にありがとう、サンディー君。


それからわたくしはバスに乗り、スンバワ島最大の町ビマへ。ここからミニバスに乗り換えてサペという港町に行き、フローレス島行きのフェリーに乗り換えるのでございます。

しかし九時間かけてビマへ着いた時、サペへ行くミニバスはその日はもうありませんでした。

「サペへは明日の四時発だね。それまではビマで泊まるしかないよ」

バスターミナルのスタッフにそう教えられ、やむなくわたくしはその日の宿を探すことにしました。すると、

「だったらここでバス代を払ってくれ。そしたらミニバスの中で寝ればいいさ」

おおっ、それはいい話でございます!ミニバスの中だと防犯上やや心配でございますが、すぐ近くに公衆マンディがあるので居心地は安ロスメンとあまり変わりません。それで宿泊費はバス代20000ルピア!

お言葉に甘え、わたくしはミニバスで夜を過ごしました。食事は貧者と旅人の仲間『POP MIE』でございます。この晩が過ぎれば、いよいよ目的のフローレス島。わたくしは躍る胸を抱えながら、まぶたを閉じたのでございます。

この先、巨大な試練が待ち構えているとも知らずに…。