延長戦に入る前に日本チームは選手や監督だけでなく、関係者全員で円陣を組んだ。この光景を見た瞬間、ホンマにジーンときた。あとで知ったことなのだが、NHKのBSではこの瞬間を山本浩アナウンサーが


「彼らは彼らではありません。 彼らは私達そのものなのです。」


と実況していた。

だけど、このときワシらはフジテレビの”不敗神話”を信じていたので、NHKのBS放送を見てなかったのだ。余談だが、数日後にネットでこの言葉に接したとき、ワシは感動のあまり30秒くらい体が固まっていた。



山本さん、あなたはホンマに熱い男だよ!



ここで岡ちゃんはまた後世に残る采配をする。北澤豪から”野人”岡野雅行に代えたのだ。

シュート以外のボールコントロールは上手くはないが、とにかく俊足が武器のFWだ。

延長戦になって、この采配がドンピシャだった。イランのDF達はバテバテだったので、活きのいい選手にガンガン走られ、ブッチギられたら、そりゃもう「たまりましぇーーーん!」になるわな。

中田(英)はそれをわかってたから、岡野にバンバン、パスを出してたね。ただ、岡野はその試合が最終予選初登場でものすごくプレッシャーを感じてたから、1度目の決定機を失敗し、2度目のときは自分でシュートを撃たないで味方にパスしてたもんなぁ。

でも、そのときのワシはそれがわからなかったから、そのパスを出した瞬間、


「てめぇ、何やってんだ! それでもストライカーかよ! ストライカーなら勝負しろよ! 勝負してナンボだろうが!」


とレッズの熱狂的なサポーターが隣にいるにも関わらず、上記の罵声をあげた。

延長後半にアリ・ダエイに決定的なチャンスを作られた直後の118分、ついに歓喜の瞬間が訪れた。

中田(英)がドリブル・シュートをし、GKがそれをはじき、そのこぼれ球に岡野がつめて得点を決めた。


その瞬間、初挑戦から44年かけて、どうしても開けることができなかった扉をようやくこじ開けたのだ。


岡野のゴールデン・ゴールが決まった瞬間、岡ちゃんがいの一番にピッチに向かって走っていったよね。

その光景を見た瞬間、泣きそうになった。

勿論、カラオケBOXの部屋中は狂喜の世界だった。女の人が2人いたけど、2人とも泣いてた。ワシを含めた男連中は男同士で熱い抱擁を交わしたり、ハイタッチしたり、ガツポーズをして喜んだり、もう最高だったね。


試合が終わったのが、もう終電が既にない時間だったので、一旦外に出てカラオケBOXに入り直すことにした。 
外に出ると、若い男達が


「オー、中山! ウッ、ウッ! 中山、中山、ゴンゴール!」


と大声を張り上げて歌っていた。ワシはそれにつられて、持っていた日章旗を


「よっしゃ、勝ったぞーーー! ワールドカップだーーー!」


と吠えながら振った。

なんとか、始発電車に乗り、その当時の最寄駅に着いた。まだ、キヨスクが開いてなかったので、キヨスクの前で開くのを心待ちしていた。
そう、スポーツ新聞を買うために。


スポニチ、日刊スポーツ、報知、サンスポ

4紙買った。勿論、今でも大切に保管してるぞ!
ワシの宝物じゃ。

自宅に着いたのが、朝の7時のニュースが始まろうとしていたときで、TVのスイッチをつけると、あの岡ちゃんがいの一番にピッチに駆けていく映像が流れていた。
数時間前にその映像を見ているにも関わらず、メッチャ嬉しくて泣いた。
情けない話だが、それが人生初の嬉し泣きだっし、今のところ今まで生きてきた中で一番嬉しかったことだ。
勿論、生きててよかったとも思った。

ジョホール・バルの歓喜の後、日本のサッカーはどんどん進化し、なんとか世界と戦えるレベルになりつつある。
でも、個人的にはあの試合がマイ・ベスト・ゲーム(日本代表版)で、それを超える試合に巡り合っていない。
もし、それを超える試合となると、日本がワールドカップの決勝に何度も進出し、そのカベにはね返されて、○度目の正直で優勝しない限りないのかなぁと思っている。
つまり、本気でワールドカップに優勝する気持ちを持って応援しないとダメなんだよ。
それこそ”ドンキ・ホーテ”かもしれないけど、そう思わないとダメなんだよ。
その気持ちが足りないのかなぁ…。
と言っても、ワシは時にはキビいく、時には優しく日本代表を応援するぞ。


日本サッカーに栄光あれ!