思えば14年前のきょうは、いい意味で一生忘れられない日だ

所謂『ジョホールバルの歓喜』だ。

その日は起床してからは食事・歯磨き・入浴以外ではずっと日本vsイラン戦のことが気になって仕方がなかった。とにかく早く22時(キックオフの時間)になってくれ、イランに勝ってワールドカップの出場権をGETして欲しいとしか思っていなかった。

その日の15日前の11月1日にワシはソウルに行って日韓戦を観た。その試合で知り合ったサポーターと一緒に池袋のカラオケBOXで決戦を観ることを約束した。ソウルに持って行った日章旗を手に18時に自宅を出発した。

真直ぐ池袋に行けばよかったのだが、メッチャ早く家を出てしまったため国立競技場に寄り道した。

確か19時半か20時頃に着いたと思うが、青山門には既に100人くらいのサポーターが集まっていた。自家発電機とBSアンテナとTVを持参して試合開始前の特別番組を熱心に観ていた。その光景を見てジーンとした。

正直言って池袋に行かないで国立で彼らと一緒に応援しようかと思ったが、それはやってはいけないと思い直し池袋へ向かった。

なんとか待ち合わせした池袋のカラオケBOXに着き、試合が始まるまで雑談したり、食事をした。


そして22時になり、試合が始まった。全員スイッチが変わり、テンションはMAXになった。

試合が始まって個人的には2つ嬉しいことがあった。

1つ目は日本からサポーターが大挙してスタジアムに集まり、スタジアムをまさにホーム状態にして応援していたいことだ。まるで、昨日の北朝鮮みたいに。

2つ目はディアス・ベガさん(スペイン)が主審をしていたことだ。

ハッキリ言うが、当時のアジア人の審判は超ヘタクソでビッグゲームを任せたら、試合をブチ壊してもおかしくないくらだった。

だから、FIFAが気を遣って一流の審判を送り込んできたので、「審判が原因で試合がブチ壊されることはないな。」という安心感はあった。


試合が進むにつれ、どんどん試合にのまれてくのを感じていた。ワールドカップに出れるか出れないかという緊迫感のせいかもしれないが、いつもなら少し余裕があればジュースくらいは飲む。でも、その試合のときは試合が終わるまで食べ物や飲み物を緊張し過ぎて一切口にできなかったもんなぁ。


試合は真剣勝負独特のピーンと張りつめた緊迫した雰囲気を醸し出しながら進行していった。

そして、39分、中田(英)からのスルーパスを受けたゴン中山が冷静に流し込んで日本が先制した。

その瞬間、ワシはいつものように

「よっしゃーーー」

と大声で叫びながらガッツポーズをし、カラオケBOXの中にいたメンバー全員喜んだ。

前半は1-0で終わった。


後半に入ってすぐにアジジが同点ゴールを決め、そして59分にアリ・ダエイに逆転ゴールを決められた。

正直言って凹んだのは凹んだが、あのときは

「ひょっとしたら、悪くても同点に追いつくんじゃないかなぁ。」

と密かに思っていた。

逆転されて数分後、岡ちゃんは歴史的な采配をした。

カズとゴンを下げ、城彰二とロペスを投入したのだ。

それまでどの監督でも、カズが試合に出れる状態だったら、調子が悪くても出していたからなぁ。途中で代えるにしてもケガもしくは残り数分で「ご苦労さん、お役御免」の形でリザーブの選手に経験を積ませるための交代しかなかったし。

だから、メッチャ緊迫した、しかもワールドカップに出れるか出れないかの大一番のときに何て大胆な采配をするんだと思ったので、これにはホンマに驚いた。

個人的には日本の2トップはゴンとロペスの2トップでいくべきだと思っていたので、「そりゃねえだろ。」とも思った。

ただ、同点に追いつくんじゃないかという予感は的中した。

76分、城彰二が同点ゴールを決めたのだ。

スコアはそのままの形で進み、延長戦に突入した。


思ってたより長くなったので、残りは次回に書く。