お伊勢参りが庶民の中に浸透してきたのは江戸時代のことですが、なんと申しましても、「お蔭参り(おかげまいり)」という江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣がありました。これは、数百万人規模のもので、およそ60年周期のおかげ年に3回ほど起こりました。
当時のお伊勢参りは庶民には相当な経済的な負担だったために、「お伊勢講」という仕組みを作りだし、お金を出し合って生涯に一度はお伊勢参りができるシステムをつくりだしました。
その時代は江戸から片道15日間、大阪からでも片道5日の道のりでした。お伊勢参りはとっても贅沢なイベントだったという言い方ができます。
またその頃のお伊勢参りは、現代我々が普通に参拝しているのとは違っていたそうです。
伊勢神宮に参拝する人は、まず、二見浦で禊(みそぎ)をし、その後、外宮、内宮の順番に参拝していたと言われています。そしてもう一箇所が「朝熊山(あさまやま)」でした。
伊勢音頭の一節(42節)に
「お伊勢参らば朝熊をかけよ、朝熊かけねば片参り」
とありますように、朝熊山の金剛證寺にも参詣するのが習わしだったそうです。
今回、それをお教えくださったのが「伊勢旅」の青山和加さんです。
正直、伊勢神宮の125社すべての参拝はこんなに何度も伊勢に行っていても回りきれませんが、お伊勢の神宮系以外の参拝というのはまったく考えがありませんでした。
しかし、実は、この体験が、筆者のそもそもの伊勢成立の難題解決に近づいた上に、あらたに次の方向性を示されるとは、まだこのときは予想のかけらもありませんでした。
そんな、「伊勢神宮社」以外の伊勢を今回はご紹介します。
〇松尾観音寺
実は、これまでに幾度も伊勢神宮に参拝させて頂き、しかしながら、その間に遷宮という大事業が2回あり、それで伊勢神宮125社ということを改めて知りましたが、いまに至っても、この全部の参拝には辿りついておりません。
一方で、この界隈において伊勢神宮系以外のお社はたくさん存在するだろうなとおもいつつも、やはり(元来のお伊勢参りという性格上)この土地に神宮系以外のお社があっても、まったく興味がわかないというのが正直なところでした。
そんな折に、青山和加さんが東京での「人脈は神脈」というセミナーにおいて、ご自身の師匠さまのお話をしてくださり、そのご縁から今の仕事をされていらっしゃるということ、また、伊勢の「龍神さま」の話を聞いて、そういうところがあるのだと改めて思いましたが、前述の理由で、正直、そんなに大きな興味は湧きませんでした。
※ですが、これがその後凄いことに...
それはまた別のはなしですが...
実は松尾観音寺さんは、その筋では大変有名なパワースポットなんだそうです(それで納得、わたくしが存じ上げない筈です。パワースポットと言われているところには興味がありませんので...)
今日のコースの準備に、和加さんが卵をたくさん用意されてました。龍神さまにお供えするのだそうです。
そもそも龍に関して、筆者のスタンスはちょっと複雑なのです。
日本に龍がいること自体が、わたくしの中では考えられないというのが本当のところです。無論、龍は架空の生き物です。そして、東洋では龍ですが、欧米地域ではドラゴンになりますし、かたちも少し変ってきます。
極端にいうと、龍は空を舞う生き物ですが、東洋の龍は大蛇のように身体をくねらせながら昇っていきます。
しかし、西洋のドラゴンは羽が生えていて、どちらかというと鳥のようです。
この違いは(一概にすべてがそうだとは言えませんが...)興味があります。
空とか宙に対する考え方が違うだと思います。
おっと、これはまたまた、本題から外れてしまいました。
本堂にお参りさせていただきました。
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仏教色に飾らていますが、凡人のわたくしには特になにも感じませんでした。
お参りして、境内を散策しました。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20180419/22/vanyatan/10/4d/j/o0333025014173876968.jpg?caw=800)
それで分かったことは600年ほど前に本堂が火事になった際に、裏庭のふたつの池から雌雄2体の龍神が飛び出して、観音様をお守りくださったという言い伝えがあります。
なるほど、龍は水を呼ぶと申しまして、現在でも水場に龍にちなんだ置物を飾ることもあります。
地域によっては、古代より山間に立ち上る水蒸気や雲を龍神さまお姿だと尊んだ話も伝えられています。
しかし、600年前というのは室町時代ですからそんなに昔ではありません。
そんな時代に龍がいたということ自体、よく理解できません。
ですが龍は水を呼びますから、恐らく、この池の水で観音堂の火消しをして観音さまを御守りしたことがその話に繋がったのでしょう。
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しかし、なにより驚いたのは、本堂の廊下の文様です。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20180419/22/vanyatan/5c/72/j/o0464028014173876978.jpg?caw=800)
龍の文様が出ています。
これは木から自然に出てきた絵柄だそうです。
これには可なり驚きました。
きちんと胴体も全部描かれています。
まさしく、これは龍神さまでしょう。
なるほど、これはパワースポットなんだと、人が大勢訪れる筈ですね。
〇八大龍王社
青山和加さんご案内の伊勢ツアーは、伊勢志摩スカイラインへ...
なんと、懐かしい道路です。
まだ、高速道がなかったころ、この道は伊勢と鳥羽を繋ぐ道でした。
というかその当時は名古屋から伊勢までがとても遠かったこと...
前世紀に一度だけクルマで伊勢に行ったことがあります。前述したように高速道路などありませんから、それはそれは伊勢の遠かったこと。鳥羽に宿泊して翌日はフェリーで伊良湖岬に出ましたが、なんとクルマが水浸しに(丁度、買い換えたばっかりのBMでした...笑)なってしまい、しかも汐の香りが酷かったので、もう夕刻でしたが、フェリーを降りてすぐのGSで洗車を。店員のお兄さんに聞いたら、このスタンドは洗車の方が多いとか。
そうなんですね、そのときガソリンは鳥羽で満タンにしてしまいましたから...
そんな昔を思い出し、和加さんにお話ししながら...
そうしたら、和加さんが「ここです!」って、突然、なんの標識もないけもの道のようなところへスカイラインから入っていきました。
さすがっ!素人ではまったく気づかない道です。
そもそも朝熊山にはあまりクルマでは入るひとはいないそうなのです。
冒頭に書きましたように、江戸時代のお伊勢参りは、二見~神宮~朝熊山でしたから、ここは今でも徒歩で登山される方が殆どだそうです。うーん、わたくしも20才若かったらチャレンジしますが...
実は10年くらい前に、それまでは楽勝だった岐阜城に徒歩で登るのにやったらきつくて、以来、ちょっと敬遠しております。
三輪山奥宮にはチャレンジいたしますが... 来年かな??
そしてクルマでけもの道を。
勿論、地元の方々はこちらを頻繁に使うそうですが、ハイカーの方もいらっしゃって...
到着いたしました。
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「朝熊山山頂」です。
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伊勢が一望できます。
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そしてこちらが「八大龍王社」
龍には然程興味がなかったのですが、「八大龍王」は色々知ってます。
有名なのは、源実朝です。
金槐和歌集に
「時により過ぐれば民の嘆きなり 八大龍王雨やめたまへ」
という一首があります。
これは、八大竜王に雨を止めてくださいって懇願している歌です。
鎌倉三代将軍のこの光景をイメージしたら、とてもおかしかったので覚えてました。
ですが、八大龍王がどんな存在でどういう位置づけなのかは存じませんでした。
そもそも四神でいえば龍は東の抑えです。
伊勢は大和から東の位置にあります。
そういうことなのでしょうか??
さっぱりわかりませんでした。
参拝をさせていただきました。
で、実はその最中に、ああそうだって、思い出したことがありました。
日本橋の箱崎というところに八大龍王があったと思いました。
とても小さなお社だったと記憶しております。
何故かというと、筆者は前世紀に日本橋蛎殻町というところにある会社に勤務しておりました。
日本橋兜町の近隣ですが、地下鉄半蔵門線の終点駅が一時期「水天宮前」で、その開通に併せてロイヤルパークホテルなどもでき、筆者の通勤経路も東西線の茅場町から利用がこちらに代わりました。
その界隈にありましたが、正直、その時分はあまりよくどういうお社なのかは存じあげませんでしたし、まだそんなに興味がありませんでした(何度も書いて恐縮ですが、以前は神社より古寺巡礼を趣味としておりましたので...)。そんなでしたが、色々信心深い性格でしたので、新年の初もうでは会社周辺の神社10数社には毎年巡回させて頂いてました。
多分、こちらにお尋ねしなかったら多分、生涯、このことは思い出さなかったでしょう。
やはり人生は必然の連続なのですが、必ず、意味があり、また、無駄なことは一切ありません。
そして、それはすべて天の計らいなのです。
ここで卵をお供えし、参拝させて頂きました。
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※ただ、こちらの祠だけは妙に力を感じました。
ちょっと興味があったので同行者の方々が景色をご覧になっている間に祓い言葉を奏上させて頂いたところ、顔から汗がどっと吹き出しました。
驚きました。
伊勢と龍。
このときは、なぜここに来たのか、また、なぜ伊勢に龍がいるのかは全く理解できませんでしたが、この数日後に、その意味が分かり、そして次の行き場所も指示されました。
このあと、金剛證寺に参拝いたしました。
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やはり龍でした。
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さきほどの八大龍王社は、この寺院と繋がりがあるそうです。
まさしく、伊勢の方でないと分からないところにお連れ頂いただけでなく、このあと、伊勢の意味と、龍と、そして次に繋がる場所を提示頂いたことはたいへん大きな収穫であり経験になりました。
ありがとうございました。
あ、今回の伊勢巡礼はまだ続きます。