神奈川県沿岸を走る電車は停止し
ライフラインストップ
のお友達ご両親が避難場所へお迎えに向かって下さり
新宿の高層ビル内で仕事中だった
母は
会社のロビーを開放し
帰宅困難者を受け入れて
明け方まで食事の提供をお手伝いしていたそう
翌朝
「お姉ちゃん、私、今から社員証を首に掛けて電車に乗るから
もしもの時は見つけてね」と・・・
大事な娘を預かっている私は事の重大さを改めて実感した瞬間でした
がこの翌日から春休みへ突入してしまいました
東京電力による計画停電も始まりました
食事をテーブルに並べ
停電が始まるとキャンドルの灯りで食事です
ちょうど、お夕飯時間が停電と重なるので随分大変でした
スーパーの棚は空っぽで
信号も止まります
連日真っ暗闇の中、夫が車で帰宅しました
こういった状況の中で日常を続けると様々な声も聞こえます
「こんな時にブログ更新は非常識だ!」と
わざわざブログ記事に書いてUPされているブロガーさん
「しばらくブログを自粛します」、と掲げるブロガーさん
しかし
いつ、どんなタイミングでどんな理由で
ブログを再開するのだろう?と・・・
それぞれが、それぞれの価値観で決める他ありません
そんな日々の中でキャンセルせずに出かけて行った軽井沢
計画停電から逃れたひとときでした
お祝いディナーのお席で
夫からサプライズがあり久々に心温まったのです
様々な意味でこの年のお誕生日は記憶に残る事となりました
そして
2013年1月
我が家は仙台にも住まいを構える事となり
又、この3月で
再び仙台勤務の延長が決まり現在に至ります
遠く離れた東北の現況を
私も目の当たりにする事となりました

仙台の我が家から近い青葉城では
石巻
石巻港周辺の3.11の爪痕はそれはそれはひどいものです
気仙沼
こち他の船は既に撤去されました



復幸マルシェ

陸前高田

奇跡の一本松
昨年5月には仙石線が開通しました
私が仙台で暮らす事になった切欠こそ3,11なので
様々な思いに駆られる事も事実です
現在私はは2軒の自宅を往復する生活になりました
仙台駅ホームで夫が見送ってくれる
こんな生活も まだ数年続きそうです
3.11は我が家の生活も大きく変えました





















