ホイアン(ヴェトナム)滞在記
ホイアン
16世紀末以降、ポルトガル人、オランダ人、中国人、日本人が来航し国際貿易港として繁栄
1601年には広南阮氏は徳川家康に書簡を送って正式な国交を求め江戸幕府との取り引きが拡大
朱印状による約30年間に渡る朱印船貿易の中、広南には71隻が入港となる
ホイアンには大規模な日本人街や中国人街が形成され1623年にはオランダ東インド会社の商館も設けられるなど、
繁栄を誇ったが江戸幕府の鎖国により日本人の往来が途絶えオランダの商館も1639年に閉鎖された
来遠橋 通称 日本橋
ホイアン旧市街、チャンフー通りとグエン・チ・ミンカイ通りを結ぶ場所に位置する幅3m長さ18mの瓦屋根付きの太鼓橋で、1593年に日本人が架け当時の日本人街と中国人街を結んでいたとされる
現代のベトナム語ではChùa Cầu(橋寺)とも呼ばれその名が示す通り橋のなかに祠が設けられている
20年来の夢が叶いここにやって来ました
1593年に日本人が架けたとされている通称「日本橋」
貴方はここに442年居るの?
申年に建築が始まり戌年に終わったことから、橋の両端には申と戌の木像があるという
屋根付き橋の中とはいえ風化している現実がその経年を表している
橋の通過途中
古の空気を感じます
感無量
422年の時を超えて


















