東北で暮らすようになってからと言うもの・・・
簡単に「頑張って下さい」と口にできなくなった私です
本日、夫は仕事で気仙沼に出かけていました
私は外出先で「黙とう」のアナウンスが流れたけれど
本宅暮らしをしていると東北のことを忘れている事もしばしば。。。これは本当に正直な事であります
「一人一人にできる事」という話を多方から耳にしますが
正直私はこの問題については応えが出ないまま模索を続けています
浪江町やきそば
南相馬

自宅へ戻れない。。。3・11のままの風景

気仙沼


2013年6月の風景です
奇跡の一本松
陸前高田
昨年私が見た東北の一部。
着信履歴
2011.3.11
から「今電車」と 10秒ほどの帰るコール電話を切った途端 14時46分地震発生。
当時、高校生だった姪の
が学校帰りに神奈川県沿岸を走る電車内に居り電車停車、避難・・・
深夜0時過ぎにお友達の親御さんのおかげでようやく帰宅する事ができたけれど
妹(E母)は勤務先の新宿から帰宅できず社内に宿泊、
翌朝1番の電車に社員証を首に掛けて乗車
「お姉ちゃん(vanves)もしも・・・の事があれば首に社員証を掛けているから見つけてね&娘をお願い」と。・・・姉、絶句。
被災地から遠い場所であっても この状況だった
その後は東電による計画停電の日々が始まり春は遠かった・・・。
加えて、ブロガーさんの多くがブログ更新の自粛を始められる中で私は変わらず更新を続けた
中には「ブログなんて更新している場合ではありません!」と更新されておられる方もいらしたけれど
被災していない自分までが暗くなりたくなかったから私は変わらずにいよう!と
以前にも書いたことですが、そんな時に東北在住のブロガーさんからメイルを頂きました
「日々の楽しみです」と。こちらが励まされたのでした、恐縮でした・・・良かった。と。
当時の私にとって東北は縁も所縁もない遠い場所であったけれど
あれから4年・・・今の私は東北暮らしも続く。








