仙台暮らし
仕事で気仙沼へ出かけている夫から写メが届いた

TVニュースでも見たけれど 打ち上げられた船の解体が始まったようだ。
6月に気仙沼へ出かけた際に私が写した1枚

解体か、保存か、賛否両論あった結果、解体という運びになった
津波が押し寄せた後の気仙沼

あれから2年半経った今朝、気仙沼港に初のサンマ80トンが水揚げされたと。ニュースで見た
私にとっての 3・11当日と言えば
当時、高校生だった姪の
が学校帰りに神奈川県沿岸を走る電車内に居り電車停車、避難・・・
深夜0時過ぎにお友達の親御さんのおかげでようやく帰宅する事ができたけれど
妹(E母)は勤務先の新宿から帰宅できず社内に宿泊、
翌朝1番の電車に社員証を首に掛けて乗車
「お姉ちゃん(vanves)もしも・・・の事があれば首に社員証を掛けているから見つけてね」と。・・・姉、絶句。
被災地から遠い場所であっても この状況だった
その後は東電による計画停電の日々が始まり春は遠かった・・・。
当時の私にとって東北は縁も所縁もない遠い場所であったけれど
あれから2年半経った今、東北暮らしをしている。
