父のお誕生日月の為、あれこれ備忘録が重なりました
9月最後の記事はやはり父の事で〆たいと思います
海外旅行が自由化されたのは昭和39年なのでそれよりずっと前のもの
終戦後の貧しい日本からアメリカに夢を抱き出港した勇気ある
父の実家はJR線某駅前なので当日はご近所さん総出で
駅に集合して下さり、出発する父を見送ってくれたそうです
故・祖母がその時の心境を綴った手紙は涙なしには読めません
「何も、敵国へ勉強に行かなくても良いのに。。。」と
母親としてどれ程の心配と心労が重なった事でしょう
その胸中が切々と綴られていました
時代背景を考えると孫の私にも容易にうなずけます
スズキさんと言う友人から送られた電報
家族や友人の様々なエールと心配を背負って
横浜港を出港した父でしたが
すっかり米国が気に入ってしまい長きに渡り住み着きました(笑)
数年後に一時帰国をする際には飛行機の時代になっていたというので
その頃の時の流れと発展は凄まじいものだったのでしょう
一時帰国は勿論初めての飛行機で興奮したそうです!
そして、再びの渡米
数年後・・・・
帰国
左から2人目が父、米国車は当時の愛車
そして右端の男性は当時の専属運転手(日本人)
米国人3名は来日した米国時代の友人や先輩方

こうして終戦後の新たな日本の生活にも馴染む事ができ
数年後に母と結婚して私が誕生したのです!
人に歴史あり・・・![]()
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さて、思い出の品々が私の手元に残っている理由ですが・・・
父が現役を退くにあたり当時の仕事部屋の片付けを手伝っていた際に
ゴミ箱に沢山のものが捨てられました
昭和1桁生まれの父はセンチメンタルが苦手なのかもしれません(笑)
しかし娘の私にしてみたら見た事もない昔の海外の写真をはじめ
その当時を物語る資料の数々をゴミとして捨ててしまう事などできる筈もなく
こっそりとゴミ箱から持ち帰ったもの達なのです!
幸い写真の裏にはそれぞれの年号やエピソードが克明にメモされていました
これらの品々はいつか孫である
に託そうと考えている私です
しかし!
肝心の父はこれらの品々を私が持っている事を知りません
あの日にゴミとして消えたと思っているのです(笑)
半世紀前には最先端を走っていた父ですが
現在はテクノロジーについていけず・・・(笑)
よって、私のブログを見る事も無い父はいつの日にか
孫の
にこの記事を見せられて驚く事でしょう(笑)
今月は備忘録がとても多くなりましたが私自身が忘れぬうちに
書き留めておかねば私の記憶力も薄れていってしまう・・・(汗)
そんな思いでこのページを数年後にも懐かしく閲覧できる様綴りました!
2011年 来年の9月にも vanvesの毎日で
「父は元気に79歳になりました!」・・・と
記事にできる事を祈って2010年9月を〆たいと思います
昔は努力すれば報われる事が現在より多かったのではないかと
・・・そんな風に思います
しかし、こんな時代になってしまった現在でも嘆いていられません
小さな感動を忘れずに少しでも心豊かに日々を送りたいものです
本当の贅沢ってなんだろう?
きっと目に見えないものかもしれないな・・・
読者の皆様、お付き合い頂きましてありがとうございました




