愛されなかったということは
生きなかったことと同義である。
―――ルー・サロメ
これは
あたしが17の時に思い悩まされた詩である。
西尾維新著『クビシメロマンチスト』の冒頭に書かれている詩で
これを目にした瞬間
あたしは絶望した。
あたしはもしかして生きていないのだろうか。
ここに存在してはいけなかったのだろうか。
などと
くだらない事を考え
いつものコントーロール性鬱病を通り越して
本気鬱病にかかりかけた代物である。
あたしには今まで
愛されている
と感じた事が無い。
今は親友たちに愛されていると感じる事が出来るが
その当時は全く誰からも愛というものを感じた事が無かった。
まぁ 言ってしまえば
存在意義
生きている理由
なんて物は はっきり言ってくだらないものだ。
その当時親友に言われた言葉が
『そんなものは人の心臓がなぜ動いているか??
ということを突き詰めるのと同じ位くだらない』と。
その通りである。
なぜ自分が生きているかなんて事を考えてしまうのは
ここまで発達してしまった人間のエゴなのだから。
動物は皆
本能的・衝動的に生きている。
人間は理由を欲しがり過ぎている。
という事に気づくまで時間はかからなかったが
その間思い悩みながら仕事に明け暮れていた。
そしてその時のあたしの口癖が
『本能のみで生きたい!!』
である。
いまだに笑えるw
お前は椎名林檎か?!?!と言ってやりたい。
人がこんなに曖昧で微妙な感情を持たずに
喜怒哀楽のみで生きていけたらどんなに楽かと。
その時は本気で思った。
人の感情なんて喜怒哀楽では説明出来ない。
それに気づくのが早いか遅いかで人の生き方は
大きく違ってくるし楽になれる
と、あたしは思う。