「キミが明日からいなくなっても、業務がストップすることはない。やるべき業務は必ず誰かが代わりにやる。どんな組織も、誰であっても、「絶対その人でないと」なんてことはない。組織は必ず回る。」


これは、四年前、アタシが「鬱診断」された時に、アタシを一番理解してくれてた先輩に言われた言葉である。


めちゃ、ムカついて悲しかった。


自分で思うほど、人は自分のことを「特別な人間」とは思ってない。

ただただ真面目にやるから遣う側にとって都合が良いだけで、代わりは誰でもできる。



勝手に「休めない、休めない」って、思い上がりも甚だしい。代わりは、いくらでもいる。



って言われた気分。



てか、そう言われたんやろな。


いや、休ませようとしたのか??



でもアタシは結局、休めなかった。


アタシがやらんかったら誰がやんのさ!って思ってたから。

(キャシャーンみたいやなニヤニヤ



んで、今もまだ、キャシャーンしつつ、

その想いも、歳とともに失われていく自信とともに少しずつ剥がれ落ちてきている。


相応のキャパ、相応の成果、相応のやりがいで充分なはずなのに、プライドか、使命感か、見栄か、稚拙な競争心か、はたまた気の弱さか。


結構な年数をフルスロットルで走り続けてきた。


「仕事」って、する人のところに集まってきて、しない人のところには寄り付かない。


なので、同じ給料もらってても、しない人は日々のんびり&定時退勤できる。


我が家のニュージーランド人はアタシの働き方が大嫌い。

毎日、「キミはcrazyだ!」と怒ってる。


だけど、「仕事をしない人」のレッテルは貼られたくなかった。


何故そんなに極端なのか。

「ええ塩梅」っちゅーもんがないんか。ゲッソリ


これもダディの思いである。


組織に属するということは、その中に多くある歯車のひとつの機能を担っていくというわけだから、ひとつの歯車が摩滅に加速をかけて命がけで働く必要はない。


そもそも組織として見た時、よほど目玉となる大振りの歯車でない限り、どれを取っても何の変哲もない同じ歯車なのである。


でも、それにはなかなか気づかず、

「アタシはスペシャル歯車♫」と思い込み、

結局、目標も着地点もどこにあるのかわからなくなり、壊れるまで回り続けるしか選択肢がなくなり、人生の大半を無駄にする。ゲロー


そーこー言っても、やり遂げた成果の反対側には、やり遂げなかった成果もある。


やり遂げなかったことによってチャージできたエネルギーや、次の目標に向けて温存できたパワーもある。逆にやり遂げなかったことが、正解のことなんて、ざらにある。


行くことも、戻ることもできなくなる中途半端なところで立ち止まるのが一番タチが悪い。



んで、ジタバタして50代半ばで手遅れのビズリーチとか、目標も定まらないまま訳のわからんことゆーて大騒ぎしても、アフターフェスティバルやわさ。



しかーし、やはり


キャシャーンがやらねば誰がやる精神は今日も変わらない。おーっ!