只今博多7時発の東京行きの新幹線に乗り、「日本辺境論」に苦戦し、一旦休憩ということでブログを書いています。前の人は聖教新聞を読み、後ろの人は携帯でアニメを見ているというなかなかの席に座り、そろそろ尻が爆発しそう。さてこれを書くことで気が紛れればと思います。
今回の災害について、ついこの前のそこまで言って委員会(東京に行くのでもう見れない)で議論されていました。微量の放射能は体にいいとか想定外は言い訳とか政府は災害に関する新しいチームをいっぱい作っているとか東京電力の会見を行っていた人は災害発生直前までTPPの話し合いをしていたとかいろいろなことを専門家の人たちが言っていたのですが、個人的に一番印象に残ったのは、一番不幸だったのは政権を民主党を持っていたことという言葉です。
新しいチームを多数つくり混乱していることや災害対策本部を各地にまだ置いてないことや放射能漏れのときに世界的なやり方とは反対に危険地域の範囲を広めていったことや表舞台に現れない管さんなどなど。初動が遅かったというのもあります。昨日くらい久しぶりに管さんは内閣総理大臣として何か言っていましたが、選抜の宣誓の方が数倍いい。
初動の失敗は終わったことなので、いまぐちぐち言ってもしょうがない。政府の今後の見通しに話は移ります。今回の災害をプラスなものへ昇華させる青写真というのはあるのでしょうか。これに成功したならば、再び日本は世界の強国として返り咲くことができるはずです。
今回の災害で、日本の政治・マスコミの酷さや技術力の衰えが世界に発信されました。災害の直後なので、中国やロシアあたりも目立ったことが、できなくなっていますが、復興だけではなくあらゆる面の成長、進化が見られなければ、災害以前よりも国際関係は酷くなるでしょう。支援という形ではありますが、各国に貸しを作っているわけですので。
東北地方にはさまざまな産業、工業に必要とされる農地、港、工場がありました。もちろん災害で被害を受けています。これの回復も急がなくてはならないわけですが、これはかなりの痛手のようで、時間がかかるようです。こちらをどうにかしないと日本の経済が回復するのが非常に難しい。一次産業なんて他に簡単に代わりを用意することなんてできません。政府を頼るしかないというのは非常に残念としかいいようがありません。
マスコミについては、毎日のように被災者へのインタビュー、取材のヘリコプターが邪魔、美談しか流さない、各マスコミ言ってることが同じ、危険区域には記者を送らないなどなど。義援金の応募、行方不明者捜索、現地の一応の状況の報道には一役買っていますが、だからといってマイナスが消されるわけではない。一番いけないのは二項対立で考えさせようとする点。簡単な例は、原発は悪、東京電力は悪などの善悪の二項的な考え方。さすがに最近のマスコミの酷さにテレビへの絶対的な信用を持つ人はいないとは思います。マスコミのあり方について日本人が、あらためて考え直す機会ではないかと思います。
ここからは半分冗談ほとんど冗談。まず、津波で平地荒れ地となったところに学園都市みたい技術を結集したところを作る。東京の半分くらいの面積のもの。さすれば、経済の復興だけではなく、ノーベル賞受賞者も国内からたくさんでてきて、世界一の技術大国となれる。将来、体から電気を出す人や瞬間移動できる人、窒素を槍にしたり防具にしたりする人が出てくるかも。
次に、ここでオーランチオキトリウム産業に焦点をあて、日本を石油大国にする。こちらは現実的ではないでしょうか。
書くのが疲れたのでここらで筆を置きたいと思います。いやそれにしても文句だけいってたいした解決策を書いてないブログだこと。
東京大学は、入学式について、代表だけが参加するものとする声明を出しました。武道館における入学式を楽しみにしていた私および母親は悲しみに暮れています。なぜ延期ではないのか。なぜ完全に中止としないのか。不公平感しか感じられないのだが。今年東京大学に落ちて来年も受けるつもりの人で、「今年受からなくてよかった」とかいう人もいますが、受からなくてという言い方もムカッとしますし、安全性が理由なので来年もある可能性も怪しいですよ。性格悪いの一言。こう人の悪口をいう私も悪いのでしょうが、楽しみにしていた入学式に参加ができないという事態に苛立ちを感じているので、冷静ではいられない。入学式がないのではなく落ち度もなく参加できないという理不尽さ。入学したばかりの学生に社会の理不尽さを教えてくれる東京大学。
私が住む場所の電気は神奈川の方かららしいので、東京電力ではないようです。さて、政府は節電のために東京電力の料金の値上げを図っているようです。これでは不公平なので全国化するかもしれません。しかし、値上げしたくらいで節電の促進に繋がるのでしょうか。タバコの値上げもヘビースモーカーに対してはあまり効果がないように、電気のヘビーユーザーである私たちに値上げという脅しだけで節電を行わせることができると思っているのでしょうか。計画停電を綿密な計画の下で行ったほうが効果的だと思うのですが。電気代の値上げは金の問題に収束できます。計画停電も値上げも強制的なものですが、値上げは金を払えばいいという考え方を生みます。今回の国難をみんなで乗り切ろうとしている日本の政府の決断は如何に。
合格祝いの有効活用は何か。本を買おう。そう考えた私は、入学後必要となるであろう費用を考慮しつつ、ジュンク堂に本の買いだめをしに行きました。何を読むべきかはよくわからないので、自分の好みで買いました。
東大教師が新入生にすすめる本2 文藝春秋編(なんだか買ったという事実が恥ずかしいような)
坂の上のバカ 勝谷誠彦
まじめの崩壊 和田秀樹
宰相の資格 櫻井よしこ
日本人の「正義」の話をしよう 白熱教室in岡野工業 勝谷誠彦・岡野雅行
日本の恐ろしい真実 辛坊治郎
戦争を記憶する 藤原帰一
人生の軌道修正 和田秀樹
私家版・ユダヤ文化論 内田樹
街場のメディア論 内田樹
見事に偏った本の買い方だこと。本を読むペースの遅い私が読みきるにはどれほどの時間がかかることやら。下手に速読しても意味ないので、自分のペースで内面化していきたいです。
今回、文系と理系の二項でしか考えきれない人がいるみたいなことで何か書きたいと思っていたのですが、個人的な事情により今回は無しということで、忘れないようにここに書いておきます。
趣味の話
変ゼミ
5巻読了
新キャラも登場しております
変態論を読むのは面白いものです。作者なりの変態論ですが。自分の変態論に新たな解釈を生むには大変役立つものだと思います。変態論に一つの定義はありませんので。
私が住む場所の電気は神奈川の方かららしいので、東京電力ではないようです。さて、政府は節電のために東京電力の料金の値上げを図っているようです。これでは不公平なので全国化するかもしれません。しかし、値上げしたくらいで節電の促進に繋がるのでしょうか。タバコの値上げもヘビースモーカーに対してはあまり効果がないように、電気のヘビーユーザーである私たちに値上げという脅しだけで節電を行わせることができると思っているのでしょうか。計画停電を綿密な計画の下で行ったほうが効果的だと思うのですが。電気代の値上げは金の問題に収束できます。計画停電も値上げも強制的なものですが、値上げは金を払えばいいという考え方を生みます。今回の国難をみんなで乗り切ろうとしている日本の政府の決断は如何に。
合格祝いの有効活用は何か。本を買おう。そう考えた私は、入学後必要となるであろう費用を考慮しつつ、ジュンク堂に本の買いだめをしに行きました。何を読むべきかはよくわからないので、自分の好みで買いました。
東大教師が新入生にすすめる本2 文藝春秋編(なんだか買ったという事実が恥ずかしいような)
坂の上のバカ 勝谷誠彦
まじめの崩壊 和田秀樹
宰相の資格 櫻井よしこ
日本人の「正義」の話をしよう 白熱教室in岡野工業 勝谷誠彦・岡野雅行
日本の恐ろしい真実 辛坊治郎
戦争を記憶する 藤原帰一
人生の軌道修正 和田秀樹
私家版・ユダヤ文化論 内田樹
街場のメディア論 内田樹
見事に偏った本の買い方だこと。本を読むペースの遅い私が読みきるにはどれほどの時間がかかることやら。下手に速読しても意味ないので、自分のペースで内面化していきたいです。
今回、文系と理系の二項でしか考えきれない人がいるみたいなことで何か書きたいと思っていたのですが、個人的な事情により今回は無しということで、忘れないようにここに書いておきます。
趣味の話
変ゼミ
5巻読了
新キャラも登場しております
変態論を読むのは面白いものです。作者なりの変態論ですが。自分の変態論に新たな解釈を生むには大変役立つものだと思います。変態論に一つの定義はありませんので。
引っ越しのために漫画やらゲームやらは早めに東京に送っているため(今回の地震の影響を考慮の上)に、先日買った新書を読むための時間がたっぷりあります。というよりもそれ以外時間の有効活用の手段が思い付かない。スマートフォンでネットサーフィンという手段もありますが、時間がなんだかもったいないように感じます。時間の浪費がはっきり実感される。そういうわけで今のところ、内田樹さんの「先生はえらい」と和田秀樹さんの「テレビの大罪」を読了。結構ゆっくり読んでいます。他人の考え方、発想の仕方、概念を咀嚼し自分なりのものにする作業はなかなか難しい。もうわかりましたなんて簡単には言えない。それでも、あれこれ誤解(誤解は誤解でもいい方の)しながら、疑問を抱きながら読書という行為を行っています。大学生となり独り暮らしを始めるとこういう新書をじっくり読む時間を自分がとるか自信がないので、いまがちょうどチャンスというわけです。読書するとする前と後では、なんか変わった気がする快感を得ることができますし。
大学生になるにあたり心配なことがあるのは至極当然なことではあります。一番気がかりなのは、私が大学までの人なのか、大学からの人なのかということです。もちろんこれは、外面のことではありません。髪を染めたり、流行の服を着たり、頑張って標準語を使ったり、コンタクトにしたりとか一般的な大学デビューができるかどうかではなく。内面的な部分、性格というよりは知性の部分。受験に必要だった知性ではなく大学で必要とされる知性があるかどうか。そんなものはいらないなんて批判する人もいるかもしれません。ただ東大というネームバリューに怖がりすぎなのかも知れません。しかし、大学に入ることは単なる手段に過ぎず、社会に出るとき自分はどうなっているかが問題なわけで(さらに重要なのは社会に出て何をなすか)、大学において何をなしたかが重要なのだと考えてますので(私は浪人のため、現役とくらべてなんらかのハンディキャップがあると誤解してますし)大学でやっていけるが普通に心配なのです。勉強半分趣味半分が本当にいいのやら。
またACの話なのですが、最近、思いやりや心遣いをお節介無駄なお世話だと思い、素直に文字通りとれない(とらないのほうが適切?)人のほうが多いような気がします。この場合、どちらが悪いなんて言及することはできないとは思いますが。人に対する不信感の増幅、警戒心の強まりが背景となっているのでしょうか。他者の気持ち心は当然わかるという自負心、自分一人でなんでもでき他者は邪魔だとする自己主義(排他主義?)を多くの人が持つようになったという背景のほうが大きいのではないかと個人的には思います。今回の地震で叫ばれている支えあいとは反対。今回の災害でも悪いことをする人は出てきています。自分さえ良ければよいという強い主張、原則の持ち主なのでしょうね。個人主義の悪い面といいましょうか。今回の災害が再び他者とのつながり関係が大切だということを再び思い出させるきっかけになればと思います。
災害の話題で、今日、ニューヨークタイムズが流した死体安置所の写真を見ました。最近テレビでは嘘か真実かわからない美談がもてはやされています(真実のものも当然あると思いますが、Twitterも然り何が本当かどうかわからない、判断がつかない)が、テレビでは流せない安置所などの今回の災害の酷い惨い部分を見ると現実を思い知らされます。写真は安置所の部分だけでなく、死体の運ぶところなどもあり、お腹のあたりが締まる感じがして、すぐに顔をそらしてしまいたくなります。しかし、このような現実にもちゃんと目を向けないといけない。美談だけで終わらせてはいけない。後余談、枝野さんの原子力発電所に関する会見は正直そのまま聞くだけはなにいっているかわからない。ちゃんとわかりやすいように国民に伝えるのが政府の使命義務だと思うのですが。
明日からは、母の方の祖父母の家に行きます。受験のために久しぶり。その後は3月31日の引っ越しまで暇となるのかな?大学生となるまでのモラトリアムを楽しみたいです。
大学生になるにあたり心配なことがあるのは至極当然なことではあります。一番気がかりなのは、私が大学までの人なのか、大学からの人なのかということです。もちろんこれは、外面のことではありません。髪を染めたり、流行の服を着たり、頑張って標準語を使ったり、コンタクトにしたりとか一般的な大学デビューができるかどうかではなく。内面的な部分、性格というよりは知性の部分。受験に必要だった知性ではなく大学で必要とされる知性があるかどうか。そんなものはいらないなんて批判する人もいるかもしれません。ただ東大というネームバリューに怖がりすぎなのかも知れません。しかし、大学に入ることは単なる手段に過ぎず、社会に出るとき自分はどうなっているかが問題なわけで(さらに重要なのは社会に出て何をなすか)、大学において何をなしたかが重要なのだと考えてますので(私は浪人のため、現役とくらべてなんらかのハンディキャップがあると誤解してますし)大学でやっていけるが普通に心配なのです。勉強半分趣味半分が本当にいいのやら。
またACの話なのですが、最近、思いやりや心遣いをお節介無駄なお世話だと思い、素直に文字通りとれない(とらないのほうが適切?)人のほうが多いような気がします。この場合、どちらが悪いなんて言及することはできないとは思いますが。人に対する不信感の増幅、警戒心の強まりが背景となっているのでしょうか。他者の気持ち心は当然わかるという自負心、自分一人でなんでもでき他者は邪魔だとする自己主義(排他主義?)を多くの人が持つようになったという背景のほうが大きいのではないかと個人的には思います。今回の地震で叫ばれている支えあいとは反対。今回の災害でも悪いことをする人は出てきています。自分さえ良ければよいという強い主張、原則の持ち主なのでしょうね。個人主義の悪い面といいましょうか。今回の災害が再び他者とのつながり関係が大切だということを再び思い出させるきっかけになればと思います。
災害の話題で、今日、ニューヨークタイムズが流した死体安置所の写真を見ました。最近テレビでは嘘か真実かわからない美談がもてはやされています(真実のものも当然あると思いますが、Twitterも然り何が本当かどうかわからない、判断がつかない)が、テレビでは流せない安置所などの今回の災害の酷い惨い部分を見ると現実を思い知らされます。写真は安置所の部分だけでなく、死体の運ぶところなどもあり、お腹のあたりが締まる感じがして、すぐに顔をそらしてしまいたくなります。しかし、このような現実にもちゃんと目を向けないといけない。美談だけで終わらせてはいけない。後余談、枝野さんの原子力発電所に関する会見は正直そのまま聞くだけはなにいっているかわからない。ちゃんとわかりやすいように国民に伝えるのが政府の使命義務だと思うのですが。
明日からは、母の方の祖父母の家に行きます。受験のために久しぶり。その後は3月31日の引っ越しまで暇となるのかな?大学生となるまでのモラトリアムを楽しみたいです。
