今夜は新月なんだそう。
見えないものがそこにあると理解するとき、
存在は異様に冴えて、間近に迫ってくるように感じる。(幽霊とか?遭ったことないけど)
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倪瓚 「漁荘秋霽図」(1355)(上海博物館蔵)

倪瓚(げいさん)は、ほぼ一目惚れ。(私にとってそういう画家は意外と少ないの)
いつか本物観られるかな。
パッと作品を見た時に感じた何かを画面の中に探すのだけど、
見たいそのものがどこにも描かれてないことに戸惑う。
でも何かが欠けてるわけでもなく、これで完璧に完成していて静止していることも、わかる。
呼吸も感じられないくらい気配がないけど、そのカンジを何から受け取っているのか、
いくら絵を見ても、それは顕れてこない。
今日の夜みたいだ。
※
新月の夜空は真っ暗なはずで、でも満月の時以上に、白々した明るい夜のようで。
切っ先鋭く、絡まった情念は切り裂かれて散らばって、
あるべき場所に還っていって、すべてが清浄になっていく。
冥い、という言葉にネガティブなイメージはない。
そこでは光も闇もなくて、ただ清廉とした気だけが漂っている。
様々のものが背景も影も互いの繋がりも失って、
その様子こそが完璧だ、と、理解できるのだと思う。