今夜は新月なんだそう。

 

見えないものがそこにあると理解するとき、

存在は異様に冴えて、間近に迫ってくるように感じる。(幽霊とか?遭ったことないけど)

 

 

倪瓚 「漁荘秋霽図」(1355)(上海博物館蔵)

 

 

倪瓚(げいさん)は、ほぼ一目惚れ。(私にとってそういう画家は意外と少ないの)

いつか本物観られるかな。

 

パッと作品を見た時に感じた何かを画面の中に探すのだけど、

見たいそのものがどこにも描かれてないことに戸惑う。

でも何かが欠けてるわけでもなく、これで完璧に完成していて静止していることも、わかる。

呼吸も感じられないくらい気配がないけど、そのカンジを何から受け取っているのか、

いくら絵を見ても、それは顕れてこない。

 

今日の夜みたいだ。

 

 

新月の夜空は真っ暗なはずで、でも満月の時以上に、白々した明るい夜のようで。

切っ先鋭く、絡まった情念は切り裂かれて散らばって、

あるべき場所に還っていって、すべてが清浄になっていく。

 

冥い、という言葉にネガティブなイメージはない。

そこでは光も闇もなくて、ただ清廉とした気だけが漂っている。

様々のものが背景も影も互いの繋がりも失って、

その様子こそが完璧だ、と、理解できるのだと思う。