7月18日、ようやくお迎えに行った。
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sumika 1st Full Album
Familia!!


という訳で、今回は予告通り、
このアルバムの感想をひとつひとつ丁寧にしたためていこうと思います。


いやtwitterでも全然いいんだけど、
でもそれって多分
140字じゃ足らなくならない?








sumikaの皆様、明日、照らすの皆様、
及び双方のファンの皆様。
どうかこの香辛料をお許しください。
では、改めて。



※ご本人たちのラジオ、雑誌、テレビなどの発言にはほとんど触れずに書いてます。





Answer

ファーストフルアルバムの一曲目が「Answer」というタイトル。
既に名盤の予感。

めっちゃ吹奏楽ぽい。
アルヴァマー序曲、オーメンズ・オブ・ラブ、Answer。みたいな。
オーメンズ・オブ・ラブは別に吹奏楽曲じゃないけど(吹部じゃない人ぽかーん)

これの譜面をM8あたりから出してくれるなら、私は吹奏楽に出戻るよ。
吹奏楽は私のDNAに組み込まれてるので、普通に延々聴ける。

ファンファーレというか、海外のアニメ映画の最初で流れても何らおかしくないこの感じ(褒めてるのか?これは)



春風

ドレファを注文し、届くまで動画もお預けと焦らしてた矢先、SUPER BEAVERぶーやんのラジオのせいであっさりネタバレされたという、私の中で若干いわくつきと言って差し支えない曲です。(違う)

初めて聴いた時から2週間、頭の中から離れなかった。


この曲は「春風」と名付けるには春じゃない。
それについては健太さんがインタヴューやら何やかやでお話なさっているけれど、
それだけじゃなくて田舎育ちの私が思い浮かべる春とは違う、都会に生まれ育った彼らの春風なのかもなあと。

その証拠に私はこの曲を聴くとき、たった一度だけ行った春の東京を思い出す。
味気ないビルだらけの景色、人酔い、無意識のうちに止めてしまったアラームと、時々真横を走っていくぬるい風と、花粉症と、薄手の長袖。
そんな感じ。

近所の道路の脇に植えてある桜で春を感じる私のリズムとは、確実に違う春の匂い。

そこに乗った心の温度とは。

思うに、そんなあたしの解釈は彼らのそれと同じなんじゃないだろうか。

ごめんなさい。


春はあくまで付属の要素にすぎないのに、それだけで私はここまで絡め取られているわけで。
ハンパないな。知ってた。






Lovers

ギターが華やかな春風が終わるなり、甘酸っぱいピアノが鼓膜で弾ける。
この曲がなかったら、あたしは今こうしていない!

私なんかが言うのは烏滸がましいことこの上ないんだけど、
多分この曲を境として、彼らは「バンド」から「音楽集団」へとヴァージョンアップしたんじゃないかな。


まさか皆さんは、バンドが悪いだとか、そんなことを私がのたまってるとお思いではないでしょうね?
そうではなくて、sumikaにとってはこのヴァージョンアップが最良の現在を作ったんだろうなという、それだけのこと。

しかし何度聴いても頭がおかしい。
愛の本質に迫りすぎてるだろこんなん。
これでsumika好きになるなって方が無理。本当に頭がおかしい。







KOKYU

twitterで「sumika始まって以来の問題作」とまでざわつかれていた曲ですね。
(註・そうでもない)

私はむしろ、初期に回帰してきたような気がせんでもない。

戯けながらも大真面目という、完全に相反した曲。
というか「呼吸」という単語そのものをタイトルとして着せられた曲は数あれど、
ほんとに、何のひねりもなく、
ガチでただただ呼吸に特化した歌なのはこの曲くらいでしょう。

したがって、斬新だという点に関しては私も賛成。w


しかし!それだけで終わらないのがsumika。
曲は普通にかっけえ。
歌い方好きよ。

聴いていると、現在地がわからなくなるね。
歌詞カード見ながらだと、「吸う」と「吐く」が意味を持たないただの記号に見えてくるから尚更。

ちょけてない…んだよね?(失礼)



Someday

片岡氏曰く「一番情緒が乱れる」曲です。
このアルバムでは唯一、メンバー&ベースというシンプルなセクション。

あ…アダルティ…訳もなくどぎまぎしてくる…www

おやすみ前に聴いたら、なんか全ての緊張感から逃れられそう。

そして想像以上に早く終わってしまうと。
煮え切らねェな…と悶々としてたけど、なんとそれも計算だそうです!恐ろしいなもう!
隼ちゃん、時間の概念越えてリスナーの脳みその中でも覗いたんじゃなかろうか。
うわあ、ろくなこと考えてないのがバレる!!(元々ダダ漏れてる)



アネモネ

健太片岡、安定のぼかし上手。
プロに上手は失礼か。誠に失敬。

アネモネについて色々調べて、歌詞についていろいろ深く考えすぎる遊びをしているところです。

アネモネって色ごとに花言葉が違うんだけど、ざっくりまとめると

『はかない恋』『恋の苦しみ』『見捨てられた』『見放された』『薄れゆく希望』『真実』『君を愛す』『嫉妬のための無実の犠牲』


などがあるそうです。

さらに


愛の矢で誤って傷ついた愛と美の女神アプロディーテーが矢の力によって美少年アドニスを愛するようになるが、アドニスは狩りで猪に殺されてしまい、その流れ出た血からアネモネの花が生まれた。

とか

西風の神ゼピュロスと花と春の女神フローラは夫婦だったが、ゼピュロスはフローラの侍女のアネモネを愛してしまう。アネモネはそのことを知ったフローラに花園から追放されてしまった。ゼピュロスは、彼女の姿をアネモネの花に変えて花園に留めておくことにした。

などの悲しい伝説もある花なんだよね。(前者は赤いアネモネの物語だそうです)
この曲のモチーフは赤いアネモネかしら?
花言葉が「君を愛す」だから。


というわけで、私はこの曲の歌詞には神話が絡んでいると読んでいるのですが…

いかんせん、雑誌をちゃんとチェックできてないので分かりません(おい)

さっきも言った通り、というかサリーの時にも書いたんだけど、
あたしは健太さんの煙にまくような詩が好きだ。
私が初恋すら未経験のガキの方だからかもしれないけど、
「君もそのうち分かると思うよ」なんて言ってウインクされているような
むずむずして頰が紅潮しそうな気分になる。

大人ってずるいよなあ。



ここから見える景色

「結婚生活は長い会話である」という誰かの格言を思い出す曲。

相変わらず具体的な数の概念が歌詞に入れ込まれてる。
実に男性的だなあ、と。

Loversに代わって、結婚式で流せる曲を作りたかったとのこと。

いつだったか「sumikaの歌は好きとか愛してるをあまり言わない傾向にある」
ってことを書いた記憶がある。

でもこの曲はなんつーか、聴いてる方が照れまくるくらいにはまっすぐ。
なので私は結婚式でこれを流す勇気はない。

未来のお嫁さんへのメッセージなんだろうな、とニヤニヤしつつ
私もこんな風に大切に想ってくれる人と一緒になりたいと思いました。

なのに健太さんは、ラジオでおもくそネタにしてなさったよね。
締まり切らないその感じ、嫌いじゃないですw



ピカソからの宅急便

正直に申し上げます。

今度こそ、「おいトムジェリ始まったぞ!」と思いました。

3秒くらい考えて、自分が今sumikaのアルバムを聴いていることを思い出しました。

現場からは以上です。



MAGIC

インスト曲で乱れ切った情緒を、一瞬にして戻してくれる安心安全、信頼のMAGIC。
受験期にリピートしまくってたので今聴くと若干胸の痛みを覚えますが、私は元気に高校生やってます(ちょっと嘘だけど)

レビューに関してはSALLYのリリース時に小箱にてくっちゃべってるので、過去記事をご覧ください。







アイデンティティ

これこれ、こういうsumika一周回ってなんか新鮮。

彼らが発信し続けているメッセージは、当たり前だけどずっとブレない。
そのメッセージを、それぞれ違うアプローチで描かれた曲はいくつもある。

この曲もそのうちのひとつだと私は思っていて、だからアルバムの2周目…初めて歌詞カードを見ながら聴いたときにはそのメッセージをなぞりつつ聴いていた。

そのとき。

「人は忘れながら生きてゆくよ」

このフレーズが、私の心に足跡を残してさっさと去って行った。


散々twitterで騒ぎまくっていたからご存知の方もいるだろうけど、
私は5月、Festhalle circusというイベントで初めて彼らのライヴを観た。

そのときの健太さんのMCの

「これだけライヴをやっていると、忘れてしまうこともある。
忘れたくない」

というニュアンスの言葉が妙に頭に残っていて、
この曲のこの歌詞の部分に来るたびに
あの日の空気、あの日の音色、声、匂い、カウンターで受け取ったコーラの味と雨の温度を思い出す。

きっとどちらも無意識のアウトプットが成した偶然なんだろうけど、
だからこそ彼らの音楽は信じたいと思えるんだ。



Summer Vacation

ラジオで最初に聴いた時の感想
「いいステレオで聴きたい」
…あ、なるほど!オーディオテクニカのCMソングだからか(多分考えすぎ)

このアルバムで一番好きな曲。

フルートの音みたいなのが入ってるところでンン〜ッってなる。伝わらない。

そしてなんと言っても詞ね。
最後の節の歌詞
「割り切って懐かしむのかな」
で終わらせる柔軟さ。
凡人だったら、その後に
「大人になって〜懐かしむのかな」と思った自分に対して感じた気持ちを述べて終わらせるはず。

そして「愛しい」と書いて「かなしい」と読ませるセンス。

曲も歌詞も、引き算に引き算を重ねて極力シンプルに仕上げられてるかわりに、サウンドが重厚で、歌詞もその言葉ひとつひとつが、その全てが半端なく濃い。
夥しい数の物語が透けて見える。
完全に無駄話なんだけど、私はsumikaに出会ってミュージシャンになる夢を諦めたんだよ。
音楽なんてこういう人たちに任せるべきで、私みたく感性がクソな人間が出る幕じゃない、と思い知らされたんだよね。


治りかけた傷口を、時間開けてまた攻撃してくるのやめてもらっていいすか。
sumikaサン。








まいった

これがフルアルバムに入るのは予想外だった…!
Summer Vacationの後に冬の曲を置くっていうのもなかなかいいですな。
ただこちらも受験期気が狂ったように聴きまくってたので、若干胸と胃が痛みます。

MAGIC同様、過去記事にレビューありますので割愛。




「伝言歌」

かねてより、私が散々愛を叫んでる曲。
この盤に収録される意味は大きいんだろうなあ、と思いながら聴いた。
10年以上大切に大切に育てられてきた曲だから、
キャリア初のフルアルバムに収録することに迷いはなかったんだろうな、と。


この曲が初めて音源となって世に出たのは
前身バンド時代のデモだそうだ。

それから何年も何年もライヴでは演奏されていたけど、
デモの純度を超えることは出来ないと思っていたから正式音源としての発表は拒み続けていたらしい。
それを超えることができると感じたから、
ようやく正式音源としてのリリースができた、というのがシングルカット時の健太さんの話。

あれからこの曲が、彼らの中でもっと大事になったんだと思う。
最終曲にしなかったのは、きっとそれが理由。



Door

なんとなく、だよ。
なんとなく、いつか来るであろう
sumikaという住処を巣立って行く日が見えた気がした。

彼らのインタビュー記事には、度々

「極論、お客さんが僕らのライヴに来なくなってもいい」
「自分たちの音楽が誰かの人生の栞になってほしい」

という言葉が並ぶ。


彼らにとっては時間も濃度も関係ない、
ただ一瞬でも音楽が愛されればそれでいいのだと、彼らはずっとそれだけを望んでいるんだろうな、とは感じていた。

いたけどもさ。
ファンはやっぱりそれ以外の余計な…余計ではないけど
オプション部分に執着しがちなんだよね。
かくいう私も同じ。

ただ、いつかはどちらかが手を離して去っていくし、むしろそうでない方が不健全。

私は昨年末から今年の春にかけて、初めて曲を作ったんだけど、
好きなアーティストに捧げるラブソングもどきの、その原案段階の歌詞の中に

「手を離さないで、私が離すまで」

という身勝手極まりない言葉を入れた。



いくら好きなアーティストの音に影響されて動いたって、
出た結果にそのアーティストは何の責任も持ってくれない。



永久的にそのアーティストを好きでいるのは現実的に不可能だし、
彼ら側にしても十分すぎるくらいそれは分かってて、だから
「ずっと好きでいてもらうのは無理だって知ってる」
という旨の発言があったりもする。


で、そういう発言に対して
「そんなことない!ずっと着いて行く!」
というレスポンスをするファンはよくいるじゃん。
腑に落ちないよね。

完全に悪い方向に取ってるからあんま気にしないで欲しいんだけど、
唯一の理解者を気取っているのか貴方は、以外に抱く感情が正直見当たらない。


ずっと着いて行く宣言したのに悲しい離れ方をするより、
むしろあんまり気負わず応援して、離れてしまうときには
「ありがとう」と言って終わるほうが綺麗だし、誰も不幸にしないと私は信じてる。
…私はね?
だから「ずっと着いて行く」なんてことは口が裂けても言わない。
「着いて行かせてください」って言う。
やっぱり主体はアーティストだからさ、そこは大好きな人たちに委ねたいんだよ。


話が逸れたけど、要するに彼らが言いたいのは
「愛してくれてありがとう」ってことなんじゃないかなって勝手に解釈してる。

この曲って、始まりから終わり、そして次の始まりまで描くsumikaが、その家に作った2つ目の扉じゃないかな。
入って行く扉と出て行く扉。

私の妄想にすぎないけど、歌詞を読むとそうも取れませんか?











思うんだけどさ。
誤解を恐れずに言うと、流通音源を出してる以上、
曲が良いのは当たり前だと思うのよ。

sumikaの曲たちを本に当てはめて考えると
曲が文章の中身で詞がその他だと解釈してるんだよね、私。

その他っていうのは例えば文字を載せてる髪の手触り、厚さや字のフォントのことね。
あれ違うだけで文章から受ける印象が全然違うからね。
大事よほんとに。










ところで以前、サリーの感想ブログを書いたとき、
私はこんなことを言っていた。

「好きになった時の状態から、わかりやすい変化を遂げてしまうところを見るのが嫌い」

でもsumikaだけは違う、と。
その理由がさ、分かっちゃったんだよね。
ドレファ最初に聴いたとき。


アレな、「変化」に見えたけど
実は「進化」だったんすよ。



…ていうか、みんな知っとったやんな!
私ですらそのことに気づいたとき、自分の大馬鹿さに頭を抱えたんだから。

結局主張は何1つ変わってないし、アプローチも土台は一緒なのが分かるから。




しかし、曲たちの手グセが愛おしい。
最近おがりんが好きなコードパターンが読めてきたよね。
健太さんは言わずもがなだね。あと転調が多くて、コード弾くだけでも一苦労なのも相変わらず。
(いやー、アレ弾いてるご本人はしんどくないのかしら)
隼ちゃんの癖がまだ見当たらないのが悔しいけど。


そういった意味での変化だって、実際ひとつもなかった。
私は一体なんの心配をしてたんだろうね?
今になってみると自分でも謎。




この記事の仕上げ作業の直前に特典のDVDを見た。
伝言歌に初めて触れたときのように、嗚咽だけが喉から漏れた。

そしてアンコールのあと、4人が手を繋いでお辞儀をするところで、我慢できずに目尻を濡らしました。(笑)

というかあれはアンコール神すぎだよ。

いつか壊れてしまうデータを繰り返し辿るのは億劫だから、いっそ丸ごと私の体の一部にしてしまいたい。


行ってもない公演のDVDでこうなるのは想定外だったわー。
10月の高松ワンマンに家族で行く予定なんですけど、その日を迎えてしまったらどうなるんやろう。
流れる時間の濃さに溺れ死んでしまうんじゃないだろうか。というのが今から心配、もう!w

因みに前述のフェストハレサーカスの時は、
僅か30分の彼らの持ち時間の中で完全に空っぽになってしまい、
密かに楽しみだったキューミリを見ないまま箱を出、22時のどこも開いてない商店街を1人で歩き回るという暴挙に出ました。
何が暴挙って、その日そこそこ雨降ってたのに雨具がなくて、
春の雨を頭から被りながら30分以上ふらついてたことだよね。
よく風邪引かなかったよ。


また話がズレた。


私はライヴを観て生きて帰って来られるのか。
は大袈裟だけど。











最後に、
もしかしたらエゴサか何かで偶然ここに行き着いて
いまここまで読んでくれてるかもしれない
実際はここに行き着いてすらいないであろう
sumikaの皆さんへ。




ちゃんと伝わってます。


私は皆さんと顔を合わせて話す間柄でもないし、
そもそも同じ人じゃないし、
ただsumikaを崇拝している地方の高校生に過ぎないので
少しと言うには派手にズレた見解で
この作品を見、そして聴いているんだと思います。


それでも、何処かしらには必ず想いが合致しているところもあると信じてる。
この一連の文章のトーンが偉そうになってしまうことは非常に不本意なんだけれど、
とにかくこのアルバムは、これから確実に私の物語へと成長していくのだと思います。


大切に聴かせてください。
ありがとう。





以上、なーからsumikaへ初めて出すファンレターでした。
こういうことを手紙に書くとキモいだけだから、とりあえずブログに書いてみた。
届くかな。