げんざい せいり み
だけど、現在のボクの整理されたつくえを見ると、
あそ いちばん おも で
かえってこんなグチャグチャした遊びが1番いい思い出
のこ
として残っているんだ。
かあ き はなし
それからこれはお母さんから聞いた話・・・・
す しき
ハルちゃんと過ごした四季だ。
はる こうえん がいろ みち あたたか たいよう
春は公園や街路じゅのある道を、温かな太陽の
ひざ お
日差しをあびながら、追いかけっこをするように
さんぽ なつ しんりょく
散歩し、夏には新緑にかこまれ、
にわ ひろ みどり よう うえ
庭いっぱいに広がる緑のじゅうたんの様なしばふの上で、
しょき なが じかん
暑気あたりするほどボクとハルちゃんは長い時間
ねころ かあ み とき
寝転んだりしてたからお母さんが見つけた時、
ま か かお み
真っ赤な顔のボクを見ておどろいたらしい。
きも い
ボクはハルちゃんがしばふがとても気持ち良いのか、
からだ
いつも体をグルングルンとものすごいいきおいで
かいてん おもしろ み
回転させているのが面白くてずっと見てたんだって。
あき がいろ き さ おお うつく み
秋になると、街路じゅの木にぶら下がる、大きく美しく見えて
はみゃく ふゆ
いた葉脈もだんだんと冬のじゅんびをしているのか、
いろ かたち お ば へんか
色も形も落ち葉へとすがたを変化させていったので、
あ お ば ひろ
そのアナの空いた落ち葉を拾っては、ハルや
じぶん かお あ めん あそ
自分の顔に当てて、お面にして遊んでたらしい。
とう さんぽ おな
お父さんといっしょの散歩でもそれは同じだった・・・。
にっしょうじかん きゅう みじか ふゆ きせつ か
日照時間が急に短くなり冬へと季節が変わっても、
きょうそう のぼ ざか のぼ
ボクらはいつも競争しながら上り坂を登った。
はたけ う き ね
ハルはとつぜん畑のはしに植わっている木の根を、いつも
だ
むちゅうでほり出していた。
とう ひ かど ま
そんなハルをお父さんが引っぱりながら角を曲がると、
じゅうたく み
ところせましとならんだ住宅が見えてくる。そうするとボクは
うち
「わぁ~もうすぐお家だぁ~」
まいかい い
って毎回言ってしまうらしい。
じゅたく もくひょう ひこうきぐも
そしてその住宅を目標にして、飛行機雲にもサヨナラを
つ おな あか やね めざ かえ
告げ、いつもと同じ赤い屋根を目指して帰った。
こうえん あそ へいれつ がいとう て じかん
公園で遊ぶときも、並列した街灯がボクらを照らす時間
まえ いえ かえ かあ やくそく
になる前に家に帰るのが、お母さんとの約束だった。
かあ やくそく まも つと
でもボクは、お母さんとの約束を守るために努めた
くら しぜん
というよりも、ただ、暗いのがこわかったから、自然と
やくそく まも かん
約束を守っている感じだった。
すこ おお しょうがっこう にゅうがく
それからボクは少し大きくなって、小学校へ入学した。
いえ たち とき わ がっこう
家にボク達がいる時は分かるけど、ボクが学校で
しゅっせき う とき きゅうしょく た とき せい
出席を受けている時や、給食を食べている時、清そうを
とき こうき かぜ およ こうてい うんどう
している時、校旗がパタパタと風に泳ぐ校庭で運動を
とき なに おも
している時は、何をしているのかって思った。
がっこう かか
ハルはボクが学校でどんな係りをしているか、
きょう こくご かんじ なら
今日は国語でどんな漢字を習ってたか・・・・
しじん ししゅう よ
どんな詩人のどんな詩集を読んだとか、
ぜんぶ し
そういうの全部知らないんだよね。
なつやす
そして、夏休み・・・・
かぞくりょこう いえ れんぞく あ
ボクは家族旅行で家を連続で空けることがあった。
かいすいよく い りょかん おんせん ゆぶね
海水浴に行ったり、とまった旅館で温泉の湯船でゆったりと
へや とお み はんとう
つかったり、部屋からは遠くに見える半島をながめ、
かいがん なみかぜ あ あつ
まだ海岸で波風に当たりながら集まっている
ひとたち み
サーファーの人達を見たりもしてた。
よる ほしぞら りゅうせい
夜になれば、いなかののんびりとした星空に流星を
さが りょこう たの
探したりもしてボクは旅行を楽しんでた。
ひこうき い
それから飛行機でおばあちゃんちに行ったこともある。
ひこうき そと ようす み きない
飛行機のマドから外の様子をずっと見ていると機内
なが ほうそう あと い
アナウンスが流れてくる。その放送の後、言っていた
とお だんだん こうど あが
通りに段々と高度が上がっていって、
はじ じゅうりょく おも たいけん
初めて重力の重さも体験したんだ。
いちばんたか あが み にほんれっとう
そして、1番高く上がってから見える日本列島は、
ほんとう うつく しまぐに かんどう
本当に美しい島国だとボクは感動した。おばあちゃんは
まご く たの
いつも孫のボクたちが来るのを楽しみにしていてくれて、
たち く まえ り じんじゃ まい
ボク達が来る前にはいつもご利やくのある神社でお参り
び いわ おく
をしてくれたり、たんじょう日にはお祝いを送ってくれたり
にわ ひろ
してくれる。おばあちゃんちの庭はとても広くて、
まつ き おお そうこ たいせつ そだ
松の木と大きな倉庫とおじいちゃんが大切に育てている
なら
ぼんさいっていうのがたくさん並んでるんだ。
とお こうつうひ
おばあちゃんちは遠くて、交通費もとてもかかるから、
ときどき い い とき ふゆ い
時々しか行けないけど、行ける時はいつも冬に行って、
ま しろ にわ と たの
その真っ白な庭に飛びこむのが楽しみだった。
い とちゅう うん よ やせい み
その行く途中で、運が良ければ野生のシカを見たり、
たいよう ひかり ひろ だいち くば はじ
太陽がキラキラとした光を広い大地に配り始めると、
はくぎん ぼくじょう め まえ あらわ
白銀にかがやく牧場が目の前に現れる。それがとても
いき で まいかいかんどう
きれいで、ボクはため息が出るほど毎回感動して
たぶん ぼくじょう ひつじ うま か
いた。多分その牧場は羊や馬を飼っているのだろう。
ふう くぶん
そんな風に区分されていた。
さき すす ところ
そしてその先に進んでいった所が、ボクのおばあちゃん
とどうふけん なか ひと ほっかいどう
ちで、都道府県の中でも1つしかない北海道だ。
おびひろ し のうか
おばあちゃんちは帯広という市で農家もたくさんある
だてあた ぎょぎょう ところ
いなかだけど、はこ館辺りには漁業がさかんな所
りょう いとな みせ
あって、漁しさんが営むお店もある。
さかな と い てんこう しゅっこう
でも、魚を取りに行くには、天候によっては出航
でき ふね りょこう と
出来ないから、船はそのまま漁港につなぎ停めて、
りょう みせ てつだ
漁しさんはお店の手伝いでもするのかな?
おも ほっかいどう よう
だからボクが思うに、きっと北海道には、養しょくの
さかな おも
魚はいないと思う。
まいにちしんせん さかな た おも
毎日新鮮な魚を食べられるなんてうらやましいと思った。
うみ かんさつ ふね の
海の観察もできそうでいいけど、船に乗るのはちょっと
おお かいてい
こわい。大きくゆれるし、海底をのぞきこんだら、すいこまれ
きも さっ やきゅう しあい
そうな気持ちになるから。それから札ぽろには野球の試合
かくせんしゅ ひとこと
するスタジアムがあって、そこではかんとくが各選手に一言
こえ しょうぶ まえ しき あ
ずつ声をかけて勝負の前に士気を上げている。
しあい かんせん い
でもまぁ、ボクは試合を観戦に行ったことはないんだ
れきしてき ゆうめい しゅ わ
けどね・・・それに歴史的に有名なせん手も分からない・・・
ちか とお とき しあい たまひろ こえ
でもさ、近くを通った時、試合がなくても、球拾いの声と
う な おと こえ き
ボールをバッドで打ったり投げたりする音や声を聞くと、
きぶん よ き
なんだか気分が良くなる気がするんだ・・・
じぶん ふしぎ
自分でも不思議なんだけど。
おと き じかん
その音をぼーっと聞いてるから、ゆっくりとした時間に
かん
感じてそうだったのかもしれない。
ほっかいどう さむ ほっきょく
北海道はとても寒かったけど、北極ほどじゃないだろう。
しぜん かこ ほんとう たの
でも、たくさんの自然に囲まれていて本当に楽しかった。
まった はんたい きゅうしゅう はかた あた
いつか全く反対にある九州の博多辺りやおきなわにも
い おも かえ
行ってみたいなぁんて思いながら帰ってきた。
にさんにち たびさき いえ かえ かん
そうして2~3日して旅先から家に帰りげん関のドアを
あ けんしゅ
開けると、ふだん「ワンッ!!」とはほえない犬種なのに、
べつじん しゅうい まわ
まるで別人のようにボクの周囲をグルグルと回りながら、
しゅじん はっけん しゅじん はっけん
「ご主人、発見!!ご主人、発見!!」
ひょうげん い
って表現するように「ワンッ!!」って言ったんだ。
おも だ ふ
そうだ!思い出したっ!!ハルはふだん振らない
びょうそく
しっぽまで、もうちぎれるんじゃないかってくらい秒速の
はや ふ さいこう えがお からだ
速さで振ってた。ボクは最高の笑顔でハルの体をなでて
ごうきゅう な
やると、ハルは号泣にするようにキュンキュンと泣いた。
う と つつ こ
だからボクもそれを受け止めて、包み込むように
だきしめた。
おも い わら
「うわっ!!ハル重いよ~・・・」そう言って笑うと、
よろ の あいだ かあ
ハルは喜んでボクに乗っかった。その間にお母さんの
なか あた いのち やど にい
お腹に新しい命が宿り、ボクはまたお兄さんになる。
かあ
それをきっかけにボクは、お母さんのおなかに
おと ちゅうい
ぶつかったりとか、音にも注意するようになって
いえ なか はし
家の中で走ることをやめた。
きょうだい う たの まいにちまいにち
兄弟が生まれることが楽しみになって、毎日毎日ボクは
けんきゅうしゃ かあ みみ げんき
研究者のようにお母さんのおなかに耳をあてて元気か
くちょう はな あか かあ
どうかやさしい口調で話しかけた。赤ちゃんはお母さんの
なか しず みずうみ なか ゆ
おなか中で、まるで静かな湖の中でゆらゆらと揺れる
くさ
草のようにしているんだって。だからボクはそんな
みずうみ こいし な がい あた
湖に小石を投げるような害を与えたくなかった。
じゅっかげつご おとうと ぶじ う
それから10ヶ月後、弟が無事に生まれた。
ねが どお よそう てきちゅう
ボクの願い通りに、いや、予想が的中したといって
もいいくらい!!
かんぜん わす よろこ いもうと
ボクは完全にわれを忘れて喜んだ。もう妹はいるから、
こんど おとうと おも
今度は弟がいいと思ってたから。
かあ えいよう
「お母さんにはこれからも栄養をつけてあげなくちゃ!」
いっちょまえ た とう つく
なんて一丁前にキッチンに立って、お父さんが作る
りょうり てつだ お あ
料理を手伝った。そして、まだ起き上がることは
ひゃくにち じんじゃ まい
できないけど、100日がたったので、神社にお参り
い みやまい し
に行くお宮参りというものがあるということもボクは知った。
こと わ だいす
それからこんな事も分かった・・・ハルが大好きだった
な はなばたけ な はな なたねあぶら りょう
菜の花畑の菜の花から、菜種油やひ料ができるとか
ち いろ みき こと
そういう知しきまで、色んなものを見聞きした事を、
にっきちょう か し
ボクは日記帳に書き記していたけど、そこには
とき
ほとんどハルがいないことをその時はあまり
おも だ
思い出せなかった。
にんげん がっこう かよ
それからボクは人間だから学校へ通っている。
がっこう い かか しかい しんこう
学校へ行けば、係りになって司会を進行したり、
がっこう いちいん しゃかいかけんがく こっかいぎじどう
この学校の一員として社会科見学で国会議事堂
い じどう ふぼ きょうどう がっこう か
へ行ったり、児童と父母が共同で学校の花だん
はな う いろ しゅるい たね
にキレイな花を植えるために色いろな種類の種を
がっこう ぐあい わる せんせい
まいたり、もしも学校で具合が悪くなっても先生が
いへん き い しつ ねつ はか ひつよう
異変に気づいてくれて医む室で熱を計り、必要であれば
あたま ひ たす
頭を冷やしたりしてくれて、助けてくれる。
りょこう あいだ
でも・・・・ボクが旅行でるすにしている間、ハルは
ふへいふまん い かいいん かにゅう
不平不まんも言わず、ペットをあずかれる会員に加入
どうぶつびょういん のこ たちかぞく
していた動物病院に残され、ずっとボク達家族の
ま
むかえを待っていた。
じょうきゅうせい さいわ
ボクが上級生になるころには、幸いにもペットシッターさん
せわ でき
にお世話をしてもらうことが出来るようになったので、
み せわ さんぽ ねが
身のまわりの世話や、お散歩をお願いすることにした。
とき しゃしん かあ
その時、ハルの写真をとってお母さんのけいたいに
おく けんこう ようす
送ってくれて、ハルの健康じょうたいやどんな様子で
さんぽ たの きろく つた
お散歩を楽しんだのかを記録して伝えてくれた。
たびさき み
だから旅先でそれを見ることができるようになってからは、
しんしん けんこう よ
心身ともに健康そうで良かったな~
とき はじ きも すく
って、その時ボクは初めて気持ちが救われるようだった。
き
それでもボクはまだ気づいてなかった・・・・
いえ お い こと
ボクがハルを家に置いて行った事をハルは
おも
どう思っていたんだろう?
し りょこう かえ あと
ボクは知らなかった・・・旅行から帰ってきた後、ハルは
い いた こと
胃を痛めてた事。
い きょしゅ い いた
ハルは言いたいことがあっても、挙手もできず、胃の痛み
おさ
が治まるのをずっとがまんしてた。
かえ しん
ただ、ボクの帰りを信じて・・・・。
さむ あたた ふくそう で あつ すず
ボクは寒ければ温かな服装で出かけ、暑ければ涼しげな
ようふく えら でき
洋服を選ぶことが出来る。
かぞく はたら でき
ハルはボクや家族の働きでしか、そういうことが出来ない。
きぼう や あつ
どんなに希望しても、どんなに焼けるように暑くても、
にんげん ことば はな でき きぼう
人間の言葉を話すことが出来ないから、その希望を
つ けいてき な かな
告げたりも警笛を鳴らすことさえ、叶えることがずっと
でき たと どくぶつ はい しょくじ まった
出来ないんだ。例えば毒物の入った食事だって全く
にお わ
臭いがなければ分からない。
にお へんじ
臭いをかいでみたハルにボクが「どうだい?」と返事を
き くる の へんじ
聞いたって、苦しいとか飲みたくないとか、とにかく返事
でき さら はな
をすることが出来ない。せいぜいお皿を鼻でおすとか
ば さ
その場から去ることぐらいだろう。
けっきょく がっこう なに べんきょう きも
結局、ボクは学校で何を勉強したってハルの気持ちを
わ
分かっちゃいなかったんだよね・・・
し さいたん みち とくべつ ざいりょう じゅんばん
それを知るのに、最短な道も特別な材料も順番もない。
こうどうひとつひとつ みらい へいわ
ただ、ボクの行動一つ一つでハルの未来が平和で、
まんぞく い あんしん せいかつ でき
満足までとは行かなくても、安心した生活が出来るの
ふか はんせい
だと深く反省した。
しょうがっこう そつぎょう き いふく ふく
そんなボクが小学校を卒業し、着る衣服がせい服
じゅうよんさい じゅうにがつ じゅうさんさい
になった。ボクが14歳でハルは12月で13歳。
いま つか かがみ
今まであまり使わなかった鏡とにらめっこ
いま にい
するようになった。それは、ボクが今までよりもお兄さん
せいちょう み
に成長して、身だしなみをととのえるようになったからだ。
ちゅうがっこう せいとかい なか
それから、中学校には生徒会というのがあって、その中
ふうきいいん み かかり
で風紀委員という身だしなみをチェックする係のような
せいと
生徒がいるからだ。
せいとかい せいと いけん ぎだい がっこうせいかつ
生徒会とは、生徒からの意見を議題にして、学校生活
なか けってん かいぜん と あ ついきゅう
の中での欠点や改善をしていくことを取り上げて追求し、
いけん あん はんたい どうい
さらには意見やてい案をして、それを反対したり同意
ひつよう ぜんこうせいと とうひょう
したり、必要があれば全校生徒に投票してもらって、
がっこうせいかつ おく だいひょう せいと
よりよい学校生活を送るための代表した生徒たちの
あつ あたら せいかつ はじ えいご
集まりである。そんな新しい生活も始まって、英語という
きょうか しけん いま いじょう つか じてん
教科もふえ、試験も今まで以上にふえて、使う辞典も
ほうかご
レベルアップしたり、放課後にもなれば、なかなか
せいか め で ぶかつ けっかん う あ
その成果も芽も出ない部活に血管を浮き上がらせて
れんしゅう ぶかつ がっこう なに ひとつ しょう
練習をしている。その部活や学校で何か一つでも賞