小説に意味のない文章は一文たりともない、とか
絵に描かれた色やモノにはすべて意味がある、とか
ほんとうなんですかね?
わたしは言葉を書くときも 絵を描くときも 歌を唄うときも
気ままで。
さっきも絵を描いていたんだけど、線も色も直感で 描くうちに
ああ、この白い点はなんだろう。星か。
薄紫だ。宵の空か。
なんて 後付けですわ。
わたしは言葉を書くことも 絵を描くことも 歌を唄うことも
真剣にそれらと向き合って 対象と向き合って 自分と向き合って
何かを掴もうとしてなすわけじゃないから
とても とても不真面目だから
何も考えてないんす。
だから、真剣勝負でそいつらを扱ってる人たちの世界は解らないんだろうとおもう
でもその一方で 言葉も絵も歌も
そういうもんじゃないだろうか、それでもいいんじゃないかな、
なんて思ったりする
そんで文頭に戻るわけです
詩人や画家や音楽家は
ほんとうにそんなに考えてんのかなぁ、と
もちろん推敲もしてるんでしょう
きっと何もかもに何かしらのものがあらわれてるんでしょう
苦しんだり何なりしながら 掴みだした、ものたちなんでしょう
不真面目なわたしが 口に出せないような。
でも「意味」?
それはぜんぶ後付けで
下手すると ぜんぶ観る側の考えすぎなんじゃぁないか、なんて
妄想をしてしまうわけです
そうであってほしいな、と思うのです。
白は純真、赤は情熱、緑が平和、とかさ、国旗じゃないんだから。
まあ
ひとくちに 言葉 絵 音楽 と言っても 十人十色。
それぞれのおもいや やり方や 形があります
なんでもいいんだけど笑
ただね
<意味>を求められるのには いい加減飽き飽きなんだよね
なぜ書くの? なぜそんなふうに描くの? なぜいつも歌ってるの?
理由、意味、
わたしの苦手な概念たちです。
もう、いいじゃないですか。
わたしは選んだし、それをやろうとしていて、やってるんです。
それで充分じゃないですか。
意味を考える必要はない。意義なんてなくていい。
なんてね。
甘え、だけどね。