東日本大震災が起きて以来、バンドをやっていたということもあり人の前に立って話す機会が多かった僕は、ライブなどで日本国旗を掲げて、東北の現状や、忘れてはならない、まだ復興は終わっていないということをしゃべっていました
そのくせ東北には行ったこともなく、話していた情報はネットかメディアに頼っていました
それではダメだ、自分の目で確かめないと
そう思い東北に行くことにしました
24日の朝7時ごろ東京駅出発のバスに乗るため、東京に23日の夜には着いていなければなりませんでした
そこで東京駅の近くに住んでいるいとこの家に泊めてもらうことになりました
23日の19時前に東京駅に着き、仕事終わりのいとこと合流し、高級焼肉店に連れていってもらったり、有名ホテルのバーに連れていってもらったりしました
メニューを見てビビった
焼肉店もバーも僕がいつも行ってる店とは桁が全然違った
今まで食った焼肉の中で一番おいしかったし、酒も格別でした
その夜はいとこの家で寝させてもらって、次の日の朝5時過ぎに起きて、新宿に向かいました
新宿西口で待ち合わせだったのだか、南口から遠回りをしてしまった
「新宿の西口で待ち合わせね」ってのを今までに3回くらい経験したことがあるのだか、毎回南口からで出て遠回りをしてしまう
なぜだろう
あと全然関係ないけど、新宿って都庁に出がちだよね(笑)
まぁそんなことはどうでもいいや
新宿西口で高校のときの友達と合流し、バスで仙台駅に向かいました
6時間かかんないくらいで仙台に着きました
まず腹が減ったから飯を食おうということになり、駅の近くにあった「立ち食い 牛タン定食」と書いてある店で牛タン定食を食べました

「仙台駅の近くで食べた牛タン定食」
右の方に写ってるスープがめちゃくちゃおいしかったのを覚えてる
飯を食い終わったあとは「松島に行こう」ということになり、日本三景のひとつである松島に向かいました
どれくらい時間がかかったかは覚えていないのですが結構かかった気がします
着いてみるとあいにくの天気で雨も少し降っていました

「松島の赤い橋」

「松島」
天気が良ければもっとキレイだったんだろうなぁ
ちょっと残念でした
このあとホテルを探しに石巻へ向かいました
石巻に向かう途中の電車から見えた景色には、昔家があったのに津波で流されてしまったのであろうところがいくつかありました
石巻につくとまずはホテルへ
荷物を置き、石巻で取れた魚介類を食べられる居酒屋へ行きました
石巻で取れた魚介類を食べながら宮城限定のウイスキー、「伊達」を飲みました
ここからが旅の醍醐味
そう、地元のバー探し
今回は石巻駅から15分くらい歩いたところにある「Shot bar Shoot」に入ることにしました
26歳のお兄さんが一人でやっていました
写真がないのが残念
めちゃくちゃいいお店でした
盆明けということもあり三時間ちょっといてお客さんは僕たちだけでした
まぁそのぶんマスターといろいろと話せたからよかったんだけどね
地元は漁師町ということもあってみんな気性が荒いこと、震災が起きたとき友達と一緒にみんなの家族を探し回ったこと、いろいろ話しました
お兄さんがしてくれた震災当時の話は説得力がすごかった
お兄さんは言ってた、「都会に出て行っちゃう人も結構いるけど、俺はここ石巻でやっていきたい」って
泣きそうになったね
復興はまだ終わってない
忘れてはならないって改めて実感しました
石巻あたりは家賃がやすいらしく、そのぶんお酒の値段もめちゃくちゃ安かった
「家賃安いから値段設定を低くしても利益あるんだよねー」ってお兄さんが行ってた
イエガーコークを5杯、ウイスキーを5杯、お兄さんにビール1杯とウイスキー2杯をおごっても会計は6千円だった
「絶対また来ます」と告げ、店を出た
バーに行く前にハイボールと日本酒を飲んでいたのでホテルに帰ってから吐きました(笑)
翌日、起きたら「寒っ」ってなって調べてみたら気温が10℃くらいでした
長袖のパーカーと長ズボンを引っ張りだし、9時か10時にホテルを出ました
25日は三陸鉄道に乗る予定だったのですが、あまりにも時間がかかりすぎるとわかったため、盛岡駅で冷麺でも食べて、前もって予約しておいた花巻にある旅館に向おうということになりました
電車に揺られている途中、友達が「降りるぞ!」と言って電車から引きずり下ろされました
そこは平泉でした
予定にはなかったのですがせっかくなので寄ることにしました
駅前で自転車を借りて中尊寺金色堂に向かいました
入り口のところに弁慶のお墓がありました

「弁慶の墓」
山を上ること数十分、金色堂に着きました

「奥に見えるの建物の中に金色堂がある」
中が写真撮影禁止だったのが残念
帰りに平泉駅の前の蕎麦屋でわんこ蕎麦を食べました

「平泉駅前で食べたわんこ蕎麦」
みんなが思ってるようなわんこ蕎麦じゃなかったけどね
わんこ蕎麦を食べたあとは盛岡駅には向かわず花巻駅に向かいました
花巻駅からバスに揺られること20分ほど、旅館の最寄り、台温泉のバス停に着きました
そこから上り坂を登り、旅館に着きました

「花巻で泊まった旅館」
千と千尋の神隠しに出てくるような雰囲気の旅館でした
夜ご飯の時間までホテル周りをうろうろしていたのですがなにもなく、あったのはめちゃくちゃ怖い廃ホテルだけでした

「めちゃくちゃ怖かった廃ホテル」

「廃ホテルの入口」
怖すぎて中には入れませんでした
ホテルに戻り、夜ご飯を食べ、温泉に入ってその日は寝ました
次の日の朝、トイレに行ったときに履いたスリッパのまま朝食会場に行ってしまい、女将に笑われました
スリッパを履く習慣がないから、温泉に履いて行ったのに履かずに部屋に帰ってくるとかやっちゃうんですよねー
最終日の26日、この日は宮城県にあるニッカウヰスキーの蒸留所に行くために花巻温泉のバス停から一旦仙台駅に行き、ニッカウヰスキーの蒸留所があるニッカ橋というバス停にバスで行く必要がありました
最初のバスに乗るバス停まで旅館の人に車で乗せていってもらいました
仙台駅でバスを乗り換えるとき、時間があったので昼ごはんに盛岡冷麺を食べました

「昼ごはんに食べた盛岡冷麺」
花巻から4時間ちょっとかけてニッカウヰスキーの蒸留所に着きました
そこではウイスキーの作り方、マッサンのウイスキー作りにかける思いなどを学びました

「樽を寝かせるところ」

「マッサン直筆のノート」
最後に「竹鶴」「鶴」「アップルワイン」を試飲しました

「鶴」
蒸留所から仙台駅に帰るのにも二時間近くかかりました
仙台駅に戻ってきて、夜ご飯を食べ、21時30分発 名古屋行きの夜行バスに乗り込みました
そして27日の朝7時ごろ名古屋駅に着きました
名古屋まで9時間半、ほとんど眠れませんでした
ぐだぐだとすみません
内容まとまってないし、面白くないですよね
面白い書き方勉強します
まとめ
読んでいる方々に一番伝えたいこと
それは東北の復興はまだ終わっていないこと
いまだに仮設住宅に住んでいる人たちがたくさんいること
仙台も石巻も花巻も見た感じは普通だった
でもすこし海沿いに行けばなにもないところがたくさんあった
行ってよかったと心から思った
テレビからは伝わってこないものを肌で感じて、舌で感じて、耳で感じられた
学生の人には時間のあるうちに是非東北に行ってほしい
自分の目で一度見てほしい
東北でお金を使うことが少しでも復興に繋がれば嬉しいしね
最後に
東北の一刻も早い復興を心から祈ります
そして震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします
最後まで読んでいただきありがとうございます
