夫婦間の愛とは | Sashaのブログ

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素直な気持ちを書いてみよう!

こんばんは、こんにちは。
今日も沢山ランチを食べ過ぎて暫くお腹がすかなそうなのでディナータイムになるまでにブログ書いちゃいます。
ちなみに今夜のメニューは・・・

1)ハムカツ
2)アスパラガスのから揚げ
3)ハーブサラダ
4)バターコーン
5)お味噌汁

でございます。お勉強をしなくて良くなってからというもの結構ちゃんとディナーは作っているのですが、皆さんがしているみたいに可愛いお皿に彩りよく盛り付けて写真をパシャリ&ブログにUPっというマメな事ができないので殆ど写真をUPしたことありませんが、いつか気が向いたらお披露目しますニコニコ

*街中にあるイルミネーション宝石赤奥にある人が沢山いる場所には何があるのでしょうかはてなマーク
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*答えは・・・って見えてないけど、アイスリンク雪の結晶 お値段分かりませんが、レンタルもありで結構遅くまでOPENしてるので常に人が沢山います。特に若いカップルの新デートスポットとしてバンクーバーで注目されている場所です。ここは実はブリティッシュコロンビア大学(UBC)の1キャンパス。こちらの地下にクラスルームがあって昨年の9月から6月まで私も通っていた場所です。冬だけの期間限定のアイスリンク;素敵なアイディアですねラブラブ

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さて、今日のテーマは『夫婦間の愛』について。
昨日のポエムにも通じる内容ですが語ってみたいと思います。

読み終えたら改めて読書感想文を書こうと思っている今読んでいる途中の本があります。
その本の中に出てくる言葉で「なるほどー」っと思う言葉がいくつかあって、中でも夫婦間の愛についてのもので、こういったものがありました。

{夫婦間の愛というものは、とっても不思議なものです。私は何の迷いもなく夫に臓器提供をすると誓えるのに、夫から買ってきてと言われたシェービングクリームを買いにいくのは断固として嫌だと思うときがあるのです。}

愛し合っている夫婦の方なら、めちゃくちゃ賛同できると思うのですが、臓器なんていう体の一部をもあげられるという相手に対して、何かを買ってくるとか、取ってあげるとか、お願いされた小さな事をしたくない=できない時があったりするのです。

夫婦の愛は家族愛に近いものがあって、恋人同士で愛してるよっと言い合う感覚とは違います。
家族が困っていたら、助けたいと思うのは当たり前の事で、その為なら血でも臓器でも何でもあげるよっと思えたりしちゃいます。
それなのに、実際に家族の一員から直接頼まれる小さな事については、、、

<初期>
「え、何でしなきゃいけないの?」とか「自分ですれば」とか「面倒くさいから嫌」っという風に思いつつも、相手の言うことを聞いてしてあげる

<中期>
上記に書いた思ってる事を怒り口調で言いつつも、仕方なくやってあげる

<末期>
怒り口調で言ってから、「自分で出来るのに何で私に頼むの」と言ってやってあげない

末期までくると、結果やってあげないので相手もきっと怒ってしまうと思います。「それくらいしてくれても良いじゃん」っという話になり、「それくらいっていうなら自分でしなよ」と言い返しという、こう言えば・ああ言う的な口論に発展してしまいます。

ここで大事なのは確かに疲れてたり、機嫌が良くない時に、誰かに何かを頼まれると「勘弁してよぉ~」と思ってしまいますが、自分がしない事で生まれる嫌な空気や口論へ発展して余計にエネルギーを費やす羽目になるという事を考えられれば、「こんな少しのことで相手をHAPPYにしてあげられて、自分も感謝されて気持ちよくなれるならしてあげたい」と思うようになれると思うのです。

一緒に住みだして最初の頃は、互いの生活のルールが違う事が多くて、自分がどれだけしてるか、相手はどれくらいしてるか、っといった比較競争のように思考がなりがちです。
そして子供と同様に多くの大人も、何かをしたら代償が欲しいもの。代償は感謝の気持ちであったり、ご褒美であれば最高ですが、時にはそうではなくても誰かにただ気づいてもらえたり、自分がしている些細な努力や積み重ねを認識してもらえるだけで満たされたりします。

私が思うのに、人間は自分がしたい事・好きな事なら、どれだけでも努力できると思うのです。そして、好きなことをし続けている事に対しては誰にも気づかれなくても自己満足できちゃうものです。
その逆で、好きではない事をしている場合は余計に誰かに認めてもらいたい・褒めてもらいたいという気持ちが増すような気がします。

時々、家事が大好きというミラクルな人もいますが、私が思うのに家事って多くの人が出来ればしたくない事。
だからこそ、クリーニングやメイドサービスというビジネスまで存在する訳で、したくない事をする人に対してお金を払うというものがビジネスの1つの形態になりました。
だからこそ、家事をしている事に対して誰かに褒めてもらいたいという気持ちは誰にでもあるような気がします。

料理を作る事も好きな人には苦じゃないし、楽しいものかもしれないけれど、やっぱりお金をもらってしていない場合は何らかの代償を欲しいと思ってしまうのかもしれません。
誰かに見せて「美味しそう」と言われたいとか、食べてもらって「美味しい」と言われることは、主婦にとっても料理としての醍醐味です。
部屋が常にキレイである事や、外見を常に磨き続ける事も、自分自身の為とは言え、やっぱり誰かに褒められれば嬉しいもの。

っと話がそれましたが、夫婦間の愛というものを育むにはそうした家事や育児といった大変で時々放棄したくなるくらい面倒なものをしている事に対して、互いに認識し感謝し合うということが大切だと考えます。
ほんの少しの考え方のスイッチで相手がしてくれる些細な事にも気づけるかもしれないし、相手にもこうした話をする事で同じような感覚になってもらえるかもしれません。

我が家でも早速王子にこんな文を読んだのと言ったら、「その通りだね。うちらも、どっちがどれだけしてるかで最近まで喧嘩してたもんね。でも、ある日僕も気づいたんだ。ほんの些細な事でSatchを幸せにできると分かっていたら、どうしてしないでいるんだって。だから、些細な事でも幸せにする為に僕に出来る事があれば、これからはしていくから言ってね。」だって~ラブラブ!

いつの間に、うちのBABYと思っていた王子はこんな物分りの良い大人になったのでしょうか!?
ちょっと最近、王子の口から出る言葉が素敵過ぎて驚きます。私が1年間勉強していた時にも徐々に態度が変わってしてくれる事が増えていましたが、私がガミガミして欲しいことを言い続けた成果か、ようやく私がして欲しい事を分かってくれるようになったようです。
夫婦間の愛とは、こうやって互いに学びあっていくものなのかもしれませんね合格