昨日は友達夫婦にあって、夜は友達の家でPOKER。
子供と沢山遊んだ1日でした。
それにしても、私って本当に子供好きだなぁって思うし、子供から好かれるなぁっと自負する今日この頃。
そんなんなら自分で作れば良いのにと言われながらも、「それとこれとは違うんだなぁ~」っと・・・。
北米では40歳までは子供を産める時期という認識なので、「まだ若いからね」と言われています。若くも無いのだけど、40歳までにはかなりの年月があるのは確か。
子供を持つ持たないは別にしても自分の中でいつものように3年、5年計画は頭にあって、38歳までには色んな事を着実に形にしていければと思っております。
さて、今日は少し真面目に語るモードでいきたいと思います。
「幸せに感じる時」
あなたはその幸せが一刻でも長く続くよう願いますか?
それとも、その幸せな気持ちを胸に永遠の眠りにつきたいと思いますか?
長生きしたいと思うのが多くの人間の自然な願望のようだというのは分かっているのですが、なぜ私がそのように思わないで生きてきているかという事について自己分析をした結果、色んな理由が思い当たりました。
その中の1つが、上記の質問に対する答え。
私は幸せが長く続くように祈るのではなく、後者のほうの気持ちに駆られてしまうのです。
カナダに来てから、喧嘩をしたり苦労したり泣いたりも沢山あったけれど、それと同じかそれ以上に王子との愛し愛される日々に幸せを感じてきました。
私の愛は重すぎて最終的には敬遠されてしまう経験も過去にあったので、永遠の愛なんてこの世には存在しないとクールな考えで形式上の結婚を決めた私。
そんな私が「永遠の愛はあるのかも」と今でも思ってしまうくらい、ふとした時に王子とただ一緒にいる事が涙が出るほど幸せに感じてしまい、その瞬間にこのまま永遠に眠ってしまいたいと思うのです。
昔は、幸せに感じる事が怖かったのです。
幸せと感じた瞬間に誰かがこの幸せを奪って行くような気がして、幸せな時間の後には不幸がくると思っていたりしてました。
それから幸せだと思ったり声に出すのすら怖くなってしまって、いつしか幸せというものを感じる事を忘れてしまったような気がします。
自分の心の中にそんな闇がいつもあるのを感じながらも、周りには彼らが期待する自分でいたいと思って偽りの自分で社交的に振舞っていました。
多くの友人・知人に恵まれて幸せそうに見えていたのかもしれませんが、どこかいつも息苦しくて思いっきり深呼吸できる場所を探していたように思います。
大学時代に初めて親元を2ヶ月離れて1人で暮らした時、生まれて初めての開放感を味わいました。
自分が自分でいて良いと思えた瞬間。ここでは誰も私に期待なんかしていないんだっと思えた事で、真の自由を手に入れた気がして深呼吸を思いっきり出来たように思います。
その頃子供の頃からの漠然として海外移住という夢が、具体的に1年は絶対住んでみたいと思うようになり、留学を夢見て偽りの自分のまま、ただただ深呼吸の出来る場所に行くために十分なお金を貯めていました。
思えば、あの頃の私は生きることに必死で、幸せとは何かとか将来何がしたいとか余り考えていなかったように思います。ただ、日本にいたらいけないという事だけは分かっていた気がします。
それから再び深呼吸が出来るようになった私は、自分自身を取り戻して、自由を手に入れて、幸せを感じる瞬間を取り戻す事が出来ました。
王子に私は少女のようだとよく言われるのですが、大人になりたくないという気持ちが常にあることと、おそらくは少女の頃は私が私でいられた時期なので、その頃の自分に戻ったのかもしれないなぁっと思います。
そんな訳で、子供とすっごく自然に仲良くできるのかもって思ったりもしています。
幸せに感じる時が王子と出会って本当に増えました。
例えば凄く幼稚な事ですが、大好きな食べ物を好きなだけ食べても怒られないという事だけで幸せだと感じます。
例えば単純な事ですが、王子と一緒に美味しいものを食べて笑っている時にも幸せだと感じます。
誰かから見たら何でもないことでも、違う視点で見てみたら・・・窮屈な息苦しい状況にいた自分を思うと、今の自分が日常の生活の中で何かに怯える事もなく幸せだなぁっとつぶやく事ができるのです。
幸せに感じると瞬間は、誰かと比べたりして生じるものではないと思います。
誰かと比べてよい気分になるのは、優越感であって幸せではありません。むしろ、優越感に浸る事でしか心の平穏や安定を築けない人は不幸な人だと思います。
また、長生きしたいと私が思わないのは、長生きしても一緒にすべてを分かち合う人がいなければ意味が無いと思うからです。自分自身の人生の中で、何か達成したいという事はいくつかありますが、どれもそれを達成した時に同じように喜びを分かち合ってくれたり、そこに行き着くまでの間の苦しみを分かち合っていく人が傍にいなければ意味が無いと思うのです。
私にとって幸せを感じる時というのは、1人で何かを得たという事実よりも、その得たものを分かち合う仲間や家族がいるのだと感じられた時。
同時に、1人では絶対に幸せにはなれないという事を忘れないでいられれば、周りの人に常に感謝して優しく出来るような気がします。そして、例えば偉業を成し遂げたとしても決して驕る事の無い、謙虚な人間でいられると思います。
前から何度も書いていますが、「幸せは自分の中にある」と思います。
余りに幸せに思いすぎると生きることを止めても構わないと思ってしまいそうなので、貪欲さと野心・好奇心は持ち続けて「なりたい自分」に毎日少しずつ近づけるように努力をし、日々の小さな幸せを見つけて心を満たしていければなぁっと思うSatchでした
