引き続き、晴れ~のバンクーバー
こんな日はビタミンDを浴びに外へっと思うのですが、まだ王子も病み上がり&私も風邪気味なので大人しくしていることにしようかなぁっと思ってます。
昨日は1年ぶりに留学時代の友達が日本から遊びに来ていて再会しました。
新婚さんの彼女、相変わらず色っぽくて可愛くて大好きでした
っと書いた所でセーブして続きを書かずに寝てしまったのですが、何だか頭が冴えて寝れなくなりました。
そんなわけで、再び続きを・・・。
眠れない夜に考える事って結構暗かったり、重かったり、現実味を帯びてなかったりしますが、余り考えずに思いついたことを書き綴ろうと思います。
普段は末っ子らしく甘えん坊気質丸出しの私ですが、自分の将来の事や自分自身の事で何か悩んだり落ち込んだりした時には逆に弱音を吐けなかったりします。
きっと、その問題が深刻であったり、結局は結論が既に分かっていて現状解決できないものであるのを分かっているからかもしれません。
時々それでも弱気になると友達にメールをしてしまう事はあります。
去年10年ぶりに再会した大学時代の同級生もその1人。
在学中は同じ学科だったにも拘らず、そこまで接点が無かったのですが、ふとした事で繋がりメールを交わしているうちに日本帰国が決まったので再会しようということになりました。
最初は名前を思い出すのもやっとだったのに、不思議と再会して話してみると色々な思い出話をしたり、卒業から今に至るまでの経緯を話したりと盛り上がって時間があっという間に経ちました。
短い時間であったけれども滞在中に楽しい時間を共有できて本当に良かったなぁっと思ってカナダに戻り、それからも何かある毎にメールをしては近況報告し合って励ましあったり、弱音を吐いては慰めてもらったりしている私にとっては、とても貴重な存在。
「悩み」というのは、私が思うに2種類あると思っています。
1つは何か決めなければいけない時に選択肢がいくつかあって決断できない時に起こるもの。もう1つは、何をどうして良いのか分から無い時に起こるもの。
簡潔に言えば、前者は取捨選択の悩みで、後者は途方に暮れている状態です。
前者の場合はそこに選択肢があるので、その時自分が最適であると信じる道を進むべきですが、それが一体どれなのかは状況によって熟考しなければ分からない事も多いと思います。
そんな悩みを抱えている時は、「私ならこうする」とか「私が○○ならこうする」っと言った返事をもらえると、「なるほど」と一意見として受け入れると思います。
後者の場合は、悩みの性質が違って本当に困っている状態なので、思っていることを長々と書くだけで結局どうしたいのかも分かっていないので、「私ならこうする」という意見よりは、「悩む事が意味があることなのだ」というのを言い聞かせてくれるような優しい言葉を求めていたりします。言い換えれば、ただ聞いてくれるだけで、応援してくれるだけで良いっていう場合かもしれません。
今は客観的に悩みを分析していますが、渦中にいる時はさすがに自分でもそこまで分析して相談したり相談に乗ったりはしていません。
でも、大学時代の同級生は私が求めている事を常に分かってくれている人であることに最近気づきました。
だからこそ、言いにくい事も言えたり、ただの愚痴のようなメールもできたり、弱音も吐けるのだなぁっと。
先日も例によって弱音を吐いてみてしまったのですが、直ぐに返してくれたメールには私が一番欲しい言葉が沢山詰まっていて、それ以上でもそれ以下でもない私から言わせれば完璧な返事でした。
そもそも再会しようと思ったのも、その人書く文章がとても魅力的であったのが発端だったのですが、それは今も変わらず私をいつも癒してくれます。
私自身がとても文章を書くのが好きなので、文章というものに心情を投影できて心地良い会話が文字上でも出来る人というのは貴重な存在です。
メールでは上手く話せるのに会ったら話せなかったという人には今まであった事がありません。
逆に会ったら話が止まらないけどメールは用件のみの友達は沢山います。
文章が書くのが苦手な人はいると思いますが、それでも相手を想って伝えたい事が明確な場合は文章の長さに関わらず心のこもった文面になって相手に伝わると信じています。
こんな眠れない夜は、その人にメールをしたい気分になるのですが、今日はあえてブログに書いてみました。
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感情の波を
さりげなく感じとって
同じ音波で
返してくれる
波の音は
とても心地良くて
メロディーのように
優しく響く
離れていても
繋がっていられる
同じ波長を
感じていられる
日々の生活は単調なようで
時には荒波に煽られたり
時には雷雨に吹かれたり
向かい風でも歩まなきゃいけない
そんな時には
あのメロディーを思い出す
耳に響く
優しいメロディー
心に響く
癒しのメロディー![]()