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天下茶屋の聖天さん 聖天山正圓寺 2009 桜祭り

聖天山公園
のお隣にあります聖天山 正圓寺
住所は同じく大阪府大阪市阿倍野区松虫通3丁目2-32だと思います

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ちなみにここが阿倍野区との境だそうです

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2009 桜祭りをやっていたと言うのもありますが
こちらの桜は本当に綺麗でした

桜祭りでは とぎ汁さんのLIVEが聞けました
選曲がとても素敵!
僕一人感動してました



次は 松虫塚

聖天山公園 聖天山古墳

大阪府大阪市阿倍野区松虫通3丁目2-32にある
聖天山公園に行ってきました

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聖天山公園の中にある「聖天山古墳」
この古墳はかつては天狗塚・柘榴塚といわれる小丘があり、
土器・刀剣・馬具類が出土している
古墳は大きく削られており、
以前撮影された写真を見ると柵で囲われていたが、
現在ではそれもなく十分な状態で保存されているとは言い難い
標高14mの低山である

次は
天下茶屋の聖天さん 聖天山正圓寺 2009 桜祭り

□ 東住吉区 旧町名継承碑 大塚町

桃ヶ池公園と夜桜
の次に訪れたのは
大阪市東住吉区北田辺1-8
北田辺公園
にあります
東住吉区 旧町名継承碑 大塚町

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ライトをあてて撮影しましたが読めないところも多しw

町名は この地に大塚(円形古墳)・赤坂などがあったことに由来するそうです

北田辺1丁目~2丁目の各一部だそうですよ


より大きな地図で まっつんの旧町名継承碑訪問マップ を表示

千鳥橋公園と桜

大阪市此花区四貫島1-1-18にあります千鳥橋公園

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春日出方面に抜ける道として通ってますが
1階に定員500名収容の大阪市立此花区民ホール・老人福祉センター
2階に大阪市立此花図書館 と色々な施設が集まっていたのですね
知りませんでした

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区民ホールや図書館のあるところの横に
千鳥橋公園はあります

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こんなところにも桜が・・・・
阪神電鉄 なんば線 千鳥橋駅にも近いので
お近くの方はぜひ行ってみて下さいね

長池公園と桜

大阪市阿倍野区長池町1-10にあります
長池公園に行ってきました

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長池と桜という風景が・・・
緑色と桃色と水色の3色が・・・

今までの公園とはまた違った景色ですね

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ほっと出来る公園ってこんな感じなのかなぁ~

新しい自分を見つける活力マガジン COMVO 4月号

新しい自分を見つける活力マガジン
(ボランティア活動情報誌)COMVO 4月号

以前参加した市民フォーラムおおさか08 ファイナルステージ の記事
特集として コミュニティ・コミュニケーションの楽しさと実感
市民フォーラムおおさか・ファイナルステージが問いかけるもの 
と言うのがありました

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あの体験を思い出しながら読み返していました
人間関係って難しいと思いつつも
参加してみた 初対面同士の擬似ファミリー

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その中で写真に撮られていた事にちょっと驚きましたが
どの場面か今での鮮明に覚えています

自分の事だけ考えず
人の為を考えて 進んで欲しいなぁ~

此花おもしろトレイルルート 13 鴉宮

此花おもしろトレイルルート 12 鴻池本店・旧鴻池本宅 の次は
大阪市此花区伝法2-10-18にあります
此花おもしろトレイルルート 13 鴉宮

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近くに住んでいながらまったく存在を知りませんでした
川沿いを素通りすることはしょっちゅうあったけど
隣の保育所 無憂園に目をとられて気づきませんでした

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鴉宮だけに鴉が描かれていますね
国登録の有形文化財だそうです~

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入り口です~
森巣橋にかかる前の道は細い道ながら結構
車や人の往来が激しいです

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拝殿です

見どころエピソードは

此花区に残る最も古い伝記として順徳天皇の御代建保3年4月(1215年)、
村と港の繁栄を祈念し、伝法村の中心に傅母頭神社として鎮座されたのがはじまり
文禄元年(1592年)、豊臣秀吉が出兵の際、瀬戸内より日本海への安全を祈願したところ、
神告どおり海路平安、また三本足の霊鳥「八咫烏」が
軍船の前後を飛んで船を守ったと言われています
これに感激した秀吉が、帰国後、神社名を「鴉宮」と改め、
現在地に遷宮したと伝えられています

次は 鴉宮 住吉太神宮  へ

古民家

京都府京都市中京区西洞院通四条上る蟷螂山町あたり
四条西洞院の交差点あたりにある民家ギャラリー
お店の看板を取り忘れたので名前が分からないのが残念

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奥へ奥へ進み 庭園へ
こういう緑が家の奥にあるのは
昔ながらですよね~

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大きな梁
これだけで凄く感動するよ~

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五右衛門風呂
昔 田舎であったのを覚えています~

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上を見上げると天窓が~
この光が良いよね

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おくど~
何人分のゴハンをたくのだろう~

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キッチンをみても本当 昔
タイムスリップしたようですね~

次は すし処 高台寺「天風」四条店

美容院、行けるものならどれ位の間隔で行きたい?

美容院、行けるものならどれ位の間隔で行きたい? ブログネタ:美容院、行けるものならどれ位の間隔で行きたい? 参加中

色々聞けるのなら毎日でも行きたい
でも それはさすがに難しいから
2週間に1回か1ヶ月に1回は行きたいな


淀屋の屋敷跡

林市蔵先生肖像 のお隣
大阪市中央区北浜4丁目 淀屋橋南詰西側にあります
淀屋の屋敷跡

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淀屋初代の常安は、秀吉が伏見在城のとき淀川の築堤工事を請負い財をなした
その後大坂の陣では徳川方にくみし、大坂三郷の惣年寄にも任ぜられ、
中之島の開拓にも力を尽くした
2代个庵のとき、靭に海産物市場を開き、また西国諸藩の蔵米を取り扱い、
淀屋の米市を開き、金融業や廻漕業を営むなど経営の多角化をはかり、
2代で巨万の富をきづいた
その屋敷はこの付近から北浜にかけ百間4方(約33,000平方キロメートル)の広さをもち、
内装も当時珍重したガラスを多用し豪奢をきわめた
5代目辰五郎のとき(宝永2年、1705年)驕奢な生活は町人身分を越えるものとされ、
その上、訴訟のもつれでとがめられ、全財産を没収、所払いにあいさすがの淀屋も没落した。

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ほむほむ
色々と歴史はあるものですね

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