E-smile まっつんの日常 -1828ページ目

山坂神社と万代池公園

今川緑道と桑津今川堤跡 を通りすぎて歩いていくと

E-smile まっつんの日常

大阪市東住吉区田辺3-25-20にあります
大阪市信用金庫 南田辺支店の前には横断幕を持った人たちが

OSAKA緑のウォーキングリレーチャレンジ24に協賛している
大阪市信用金庫さんでした

社員さんかなぁ~
日曜出勤になるのかなぁ~

横断幕には信頼の輪を広げるコミュニティバンク
大阪市信用金庫は OSAKA緑のウォーキングリレーチャレンジ24を応援します!
と書かれてありました

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大阪市東住吉区山坂2-19-23にある
山坂神社で曲がって
(ココも行きたかったけどまた今度にします)

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大阪市住吉区万代3-7にあります
万代池公園へ

ココで20分のお昼休憩と昼食タイム

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池の周囲710m 噴水が綺麗でした

上町台地の浸食台をせき止めて造られた池とされています
歴史ははっきりしないが、上町台地の浸食した谷をせき止めて作られたといわれている
「聖徳太子が曼陀羅経をあげて、池に棲む魔物を鎮めた」という言い伝えから
「まんだら池」が転じて万代池という名称になったと伝えられている
明治時代までは灌漑池として利用されていた
大阪市は池とその周辺4.4ヘクタールを整備し、
1940年6月1日に万代池公園として開園させた
池を取り囲むようにサクラの木が植えられている
万代池公園のサクラは、近隣では花見の名所として知られている

次は 万代池公園 忠魂碑と昭和の英霊合祀記念 477柱

野田恵比須神社 東門 石造狛犬

引き続き大阪市福島区玉川4-1-1
野田恵比須神社
今度は東門の鳥居の方に 一対の狛犬がいました

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左が吽形

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右が阿形

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近くの説明板に書いていたことは

狛犬台石には かち網中
安永8年(1779年)と刻まれ
かち網魚の仲間36名の名前が列記されています

かち網魚とは 3隻の船をそれぞれ2人が操り
2隻が左右に分かれて鵜縄を川中に張り
2人が川中を歩行して網を広げ魚を捕獲したことにより
かち(歩行)網魚と言われ 主に鯔・鱸を捕っていました

当神社の氏子地域である野田村は
海浜に近く漁場に従事するものが多く
野田村全人口 (2160人)の内 約1/3が漁業に関わっていました

次は 野田恵比須神社 明治37・38年戦捷記念碑

尻無左 19号

OSAKA旅∞ 大正エリア お店巡り
の次に訪れたのが尻無左 19号

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尻無川という川が増水したときに閉めて
住宅を自ら守る防潮鉄扉 だそうです

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でも この尻無左 19号の外側にも建物があったんですよね
建物は水浸しになってしまうような感じもします

この19号というネーミングで 
ドラゴンボールに出てきた人造人間シリーズを思い出してしまいました

近くに 尻無左 17号 18号もありましたよ

次は PIER 34NORTH Boat Cruise

今川緑道と桑津今川堤跡

湯里住吉神社と平等橋
の次に訪れたのは
大阪市東住吉区中野1-14にあります
今川緑道

今川沿いにある 緑のトンネルといった感じですね

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そこにあった桑津今川堤跡

江戸時代の今川に沿う堤には、櫨の木が植えられ、約4kmにわたって櫨堤が連なっていました
紅葉の季節には、大勢の人々が訪れて秋の一日を楽しみ、
ちょうど平野大念仏寺への道筋にもあたり名物の「桑津のしんこ餅」の売店が並び賑わった
またその風景は浪速名所として尻無川の櫨堤と並び称されるものでした
ここで一息つく老人たちが、嫁の悪口を言い合ったところから「嫁そしり堤」ともよばれていた
なおこの付近は「平等堤」の名もあったが(現在、平等橋 の名が残る)、
これはこの辺一帯の杭全庄が、一時期、名目上の宇治平等院領となったことによるという

次は 山坂神社と万代池公園

野田恵比須神社

野田城跡 旧名奥の町の次に訪れたのは
大阪市福島区玉川4-1-1にあります
野田恵比須神社

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恵比須神社 
最近は 宵戎 ぐらいしかなかなか行かなくなったけど
昔からよく行っていた神社

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鳥居をくぐって

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本殿へ
「野田のえべっさん」で親しまれている恵美須神社が、
いつ頃 創建されたのかは記録が残っていないため不明であるが
境内には表面に「ゑみすのみや」側面に「永久3年(1115 年)3月」と刻まれた御影石の建石がある

石そのものは後世に建てられたものであるが、創建の時期は世紀1115年であると推測される
古来から「恵美須の大神」は漁業の神として祀られており、
平安時代前は現在の野田の地形とは大きく異なり、
この地域には「難波八十島」という島が点在していたのではないかと言われている
そのような島も淀川の堆積土砂によって段々と島が陸地化していったのではないかと思われ、
平安時代末期には本格的な開発が開始され、
この地域は半農業、半漁業の集落が形成されていったと思われている
毎年1月の十日戎には多くの参拝客で賑わうが、
夏祭には地車・太鼓・鯛鉾の巡行が行われるなど地
元の氏神として信仰をあつめている

次は 野田恵比須神社 東門 石造狛犬

OSAKA旅∞ 大正エリア お店巡り

木津川口遠見番所跡 の次に訪れたのは
(ここからはお店紹介になってしまいますが)


E-smile まっつんの日常 大阪市大正区三軒家東1-3-11
にあります大衆酒場 クラスノ

店名の由来はロシアの都市 クラスノヤルスク
からとられたそうで
ここはいつでも満員だそうです~
行ってみたいなぁ~





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大阪市大正区三軒家東1-4-15
にあります立飲処 火の来間 大正店

お酒のラベルが入り口に貼られていました

OSAKA旅∞の大正エリアリーフレットによると
大阪でも珍しい お客さんがベーゴマで遊んでいる立ち飲み屋さんだそうです

常連さんはマイベーゴマを持っているそうですよ~

ベーゴマって小学生の時遊んだなぁ~
懐かしい~




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大阪市大正区三軒家東1丁目9-11
にあります沖縄料理いちゃりば

いちゃりばというのは沖縄で有名なことわざで
いちゃりばちょーでー、ぬーふぃだてぃぬあが と言うのがあって
行き会えば兄弟、何も隔てるものはない と言う意味だそうです

ココで合うのも何かの縁と言うことなのかなぁ~




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一緒にツアーを楽しんでいたお客さんお勧めのお店
大阪市大正区三軒家西1-5-7
にありますまぐろの広政

まぐろのディスプレイが良いなぁって思った
マグロは好きなので ココも行ってみたいなぁ~






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このあたりは水に囲まれているというのもあって
木で遊んでいるお店も多かったです


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最後に訪れたのが
大阪市大正区三軒家西1-6-6大阪環状線高架下
にありますBAR in バー・イン - バー

バーも店内も船仕様だそうです
川に落ちる夕日を見ながら呑むお酒も楽しいでしょうねぇ




次は 尻無左 19号

湯里住吉神社と平等橋

東住吉区 栄橋 を超えて真っ直ぐ進んでいくと

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大阪市東住吉区湯里4-17-9にあります
湯里住吉神社が見えてきました
入りたかったけど ウォーキングの途中なので
スルー・・・

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先頭集団を歩いていると右手の方からオレンジ色のポールを持った人が・・・
ノルディックウォーカーだ・・・・

持ってきて良かったんだねぇ~ 
LEKI製ノルディックウォーキング用ポール(ストック)
を次回は持って来ようと心に決めました

そして 進んでいくと 平等橋が見えてきます

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今川に架かる橋

昭和45年架設
鋼鈑桁橋
橋長:9.9m

こちらも 東住吉区 栄橋 みたいに小さい橋ですね

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みなさん こんな感じで歩いてました

次は今川緑道と桑津今川堤跡

野田城跡 旧名奥の町

證如上人御旧跡 に続きまして
大阪市福島区玉川4-3-7にある野田御堂極楽寺


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前にあります 野田城跡 旧名奥の町

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ココに書かれていた事は
大阪城がまだ本願寺であった室町時代に
野田城
(北は玉川4丁目交差点 (旧名城の内 )
より東は恵比須神社の東側(旧名弓の町)
迄が城域で その中心地が当地(旧名奥の町)を
訪れた本願寺十世 証如上人
六角定頼に包囲された時に蓮如上人の教化を受けていた
野田福島の念仏者が証如上人 を守護せんとして 21人 が殉教された
(天文2年8月9日)これらの討死衆の菩堤寺として
建立されたのが当極楽寺でその後 本願寺南御堂の掛所となり
野田御坊と名付けられ今日に至っている

次は 野田恵比須神社

暑い日に片方しか選べないとしたら、半そで? 半ズボン?

暑い日に片方しか選べないとしたら、半そで? 半ズボン? ブログネタ:暑い日に片方しか選べないとしたら、半そで? 半ズボン? 参加中

選ぶとしたら半袖かな
普段から半袖だからというものあるけど

半ズボンはあまりはかないね~
たまにははいてみようかなぁ

木津川口遠見番所跡

皇妃2600年記念碑と三軒家濱一碑 in 大正橋公園
の次に訪れたのは同じく大正橋公園内にあります
木津川口遠見番所跡

遊具があったので見落としそうでした

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ココに書かれていたことは

木津川は大坂の経済を支える大動脈として諸国の船の出入りで賑わいました
当時は 昔 姫島と呼ばれておりましたが
義民として名高い中村(木津)勘助が
慶長15年(1610年)に豊臣家のために
軍船係船所の建設や船着き場の整備等を行ない
その功により 勘助島 と名付けられました

江戸時代になって 幕府は宝永5年(1708年)に木津川口遠見番所を現在地に設けました
また 西方には幕府の官船等を収容する
御船蔵 がありました

大阪の島と言われた当地と都心をつなぐルートとして
大正4年(1915年) 市電開通とともに架けられた大正橋
当時わが国最長のアーチ橋で 当区の名の由来ともなっております

新橋は昭和49年に完成
下流側の高覧には ベートーベンの交響曲第9番 歓喜の歌の楽譜がデザインされています

なお 橋の東側にある 安政津波遭難者供養碑は
安政元年(1854年)に木津川一帯を襲った
安政の大津波の惨状を述べるとともに
最後に 後人の心得・・・
願わくば心あらん人 年々文字読み安きよう墨を入れ給うべし
と記しており 大阪人の心情を表しています

次は OSAKA旅∞ 大正エリア お店巡り