E-smile まっつんの日常 -1816ページ目

庭 南遊個展-空の在り処- in 楓ギャラリー

村田 肇一陶展 The Little thingsⅣ
に続きまして
同じく 大阪市中央区上本町西1-4-2にあります
楓ギャラリー

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

今度は中庭の方へ
そちらでも個展
庭 南遊個展-空の在り処-
をやっていました
ぱっとみると 普通のお庭だなぁ~と思っていたのですが

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

こちらに作品が
色が綺麗だなぁ~と思いましたが
芸術は難しいと思った瞬間でした

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常


次は薄田 泣詩碑 金剛山の歌

村田 肇一陶展 The Little thingsⅣ in 楓ギャラリー

狸坂大明神
の次に訪れたのは
大阪市中央区上本町西1-4-2にあります
楓ギャラリー

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

黒色の壁に覆われた昔の民家に目を奪われてしまいました
Kaede Gallery 
下に英語表記の住所があったので
外国人の方もよく見えられるのかなぁ~

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

この日は2009年5月10日
村田 肇一陶展 The Little thingsⅣ をやっていました

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

陶器でつくられた品々が拝見でき
どうやってつくってるのだろう~と感心しながら見てました
こういうのを見るとひとつは欲しくなりますね

次は庭 南遊個展-空の在り処- in 楓ギャラリー

よく使う遅刻の理由

よく使う遅刻の理由 ブログネタ:よく使う遅刻の理由 参加中
時間に遅れる事は滅多にないのですが遅れる時の理由はありのままを伝えますね
前の用事がおしているからというのが多いかな

6月6日(土)阪神 vs. オリックス 第4回戦

6月5日(金)阪神 vs. オリックス 第3回戦
に引き続き
6月6日(土)阪神 vs. オリックス 第4回戦
in 阪神甲子園球場

今日は 土曜日と言うこともあり デーゲームだったんですね

≪試合結果≫

○ 7 - 0

阪神は3回裏、赤星の適時打で先制すると、
続く4回には5本の安打を集中させ3点を追加した
その後も着実に得点を重ね、リードを広げた
先発・福原は安定感のある投球で9回を5安打10奪三振
3勝目を今季初完封で飾った
敗れたオリックスは、2戦連続の完封負け

良い感じですね~
この調子で行って欲しい
明日も 甲子園でソフトバンク戦
がんばれ~

次は6月7日(日)阪神 vs. ソフトバンク 第3回戦

狸坂大明神

朝日神明社跡(坂口王子の伝承の地) のお隣
大阪市中央区神崎町1 南大江公園内にあります
狸坂大明神

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ちなみに 南大江公園はこんなかんじです
緑が綺麗ですね

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

緑と赤鳥居のコントラスト
この鳥居の向こうに狸坂大明神 はあります

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近くに狸坂という所があります
そこから名前はついたのかなぁ

狐に対抗して狸なのか
狸にゆかりがあるのか
ちょっと謎です

次は村田 肇一陶展 The Little thingsⅣ in 楓ギャラリー

朝日神明社跡(坂口王子の伝承の地)

SEEDのモニュメント
の後に訪れたのは
大阪市中央区神崎町1にあります南大江公園

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公園入り口近くにあった
朝日神明社跡(坂口王子の伝承の地)

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例によって 案内板を発見

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ココに書かれていたことは
朝日神明社は天慶年間(938年~947年)に平 貞盛が創建したという
天照皇大神と倭比売命を祭とし
朝日の社名は祭神の天照皇大神にちなむとも
社殿が東面していたためとも考えられている

熊野王子のひとつ 坂口王子の伝承の地
当社は逆櫓社 とも称されたが
これは源平合戦の際に 源義経と梶原景時が
櫓のつけ方について論争したことに由来する

江戸時代の難波22社巡りのうちの1社である
明治40年(1907年)3月までこの神崎町に鎮座していたが
現在は此花区春日出中に移座している
旧地には狸坂大明神 が鎮座している

ココに元々朝日神明社(逆櫓社) があったんですね~
意外と狭い世の中だなぁ~

次は狸坂大明神

豊崎神社

中津公園
の次に訪れたのは
大阪市北区豊崎6-6-4にあります
豊崎神社

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拝殿です
赤いのが印象的でした

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

由緒は
孝徳天皇の都した難波豊崎宮の廃された後、
この地は荒れるにまかされ、宮址の一隅は松林となった
世に八本松とよばれた

藤原重治がこの地を開墾するに及び、宮地がむなしく埋滅することを恐れ、
樹林中に小祠を建立して孝徳天皇を祀った
後に村一の願いよって須佐之男命を合祀した
明和9年(1722年)火災に罹って社殿と舊記を悉く焼失した
明治末期に南長柄の八幡神社を相殿に合祀、
また東照宮と厳島神社を合祀した

次は豊崎神社 稲荷神社

朝日神明社 春日社

朝日神明社 初日稲荷神社
の次に訪れたのは
同じく 大阪市此花区春日出中1-6-21
朝日神明社(逆櫓社) 境内にあります
朝日神明社 春日社

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本殿の横にあったのですが
赤い蔵かなぁ~と思ってました

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

ココにも案内板があったので書きたいと思います

元禄11年 奈良の春日より生駒の山を越えて
1匹の牡鹿が当地に出てきた
その時 此の辺の開墾に従事していた人夫達がこの鹿を殺獲した
当時 この地の開墾を任されていた雑賀屋七兵衛がこれを痛み
土中に埋めて1社を創建し 春日大神を勧請して
社名を春日社と称したのが始まりである

以後 此の地は 春日より鹿が出てきた という故事によって
春日出 と呼ばれるようになった

その後も春日出の氏神として地域の人々の信仰を集めていたが
明治40年 朝日神明社が此の地に遷宮するに伴い
境内神社筆頭(摂社)の社として奉斎した

しかし 第2次大戦中 大阪大空襲にて焼失し
今日に至っていたが 春日大社の葉室頼昭宮司のご厚意によって
春日大社ご造替に伴い 本宮社の旧御社を徹下いただいた

この本宮社とは春日大社の御神体の御山(御蓋山)の
頂上に鎮座されていた御社である

この御社を当社にお移しし 氏子 崇敬者の芳志によって
ここに半世紀を過ぎ 春日社が再建された

春日出の由来が鹿が出るからというのは
はじめて知りました
意味があるのですね~

朝日神明社 初日稲荷神社

朝日神明社(逆櫓社)
の次に訪れたのは
同じく 大阪市此花区春日出中1-6-21
朝日神明社(逆櫓社) 境内にあります
初日稲荷神社

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赤い鳥居を見ると興奮する僕w

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

それはさておき
案内板に書かれていたことは
初日稲荷神社は 往古大阪市中央区神崎町に鎮座し
千年の老狐として古に伊勢より来りて ここに栖しとぞ
と古文書に記され
その際 老狐が 正一位初日と墨跡を残している

当社は 創建以来 後刻豊饒 商売繁盛と家内の安全
をお譲り下さると伝承され
奉斎してきたが 昭和20年戦火により焼失し
氏子 崇拝者の尽力によってここに再建された

無くなっても 人の想いを集めれば
きっと叶うんですね
うんうん

次は朝日神明社 春日社

SEEDのモニュメント

太閤下水(背割下水) のお隣
同じく大阪市中央区農人橋1-3-3
大阪市立南大江小学校横にあります
彫刻 SEEDのモニュメント

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

SEEDは種という意味ですね
単体でSEEDというと
機動戦士ガンダムSEEDか
機動戦士ガンダムSEED DESTINY
を思い出してしまう

E-smile 街・遊歩人 まっつんの日常

案内板によると
この作品は 2006年
彫刻家 浅香 弘能さんの作品だそうです

他にも色々つくられているのかなぁ~

次は朝日神明社跡(坂口王子の伝承の地)