大阪天満宮 登龍門
大阪天満宮の狛犬
に引き続き
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
次は 登龍門
案内板にはこう書かれてまりました
当宮は天保8年(1837年)の大塩の乱で本殿及び
多くの社殿が消失しその後弘化2年(1845年)に再建され
現在に至っております
その当時から東・西唐門両側に鯉に龍の図柄の金燈籠がありましたが
戦前の金属の供出でなくなり台座を残すのみとなっておりました
この度菅原道真公千百年大祭記念として篤志の方の奉納により
昔ながらの図柄の燈籠が再現されることとなりました
屋根の部分は威勢よく跳ね上がる鯉胴体には龍が巻き上がり
逆巻く水面から天空をめざし舞い上がろうとしている雄姿は
一見奇異に見えますがこの唐門こそ登龍門そのものであります
というのも龍門は中国の黄河上流で鯉などがその下に集まり
多くは登り得ないが登れば龍になるという故事に基づいています
それが転じてそこを通り抜ければ必ず出世する
といわれる関門の意となります
この説明もされていましたが
忘れてしまいました・・・・
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
次は 登龍門
案内板にはこう書かれてまりました
当宮は天保8年(1837年)の大塩の乱で本殿及び
多くの社殿が消失しその後弘化2年(1845年)に再建され
現在に至っております
その当時から東・西唐門両側に鯉に龍の図柄の金燈籠がありましたが
戦前の金属の供出でなくなり台座を残すのみとなっておりました
この度菅原道真公千百年大祭記念として篤志の方の奉納により
昔ながらの図柄の燈籠が再現されることとなりました
屋根の部分は威勢よく跳ね上がる鯉胴体には龍が巻き上がり
逆巻く水面から天空をめざし舞い上がろうとしている雄姿は
一見奇異に見えますがこの唐門こそ登龍門そのものであります
というのも龍門は中国の黄河上流で鯉などがその下に集まり
多くは登り得ないが登れば龍になるという故事に基づいています
それが転じてそこを通り抜ければ必ず出世する
といわれる関門の意となります
この説明もされていましたが
忘れてしまいました・・・・
大阪天満宮の狛犬
大阪天満宮 南門 十二支方位盤
に引き続き
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
さて 今度は本殿
一体しか撮影していませんが
両体とも 阿形 だそうです
めずらしいですね
次は大阪天満宮 登龍門 へ
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
さて 今度は本殿
一体しか撮影していませんが
両体とも 阿形 だそうです
めずらしいですね
次は大阪天満宮 登龍門 へ
大阪天満宮 南門 十二支方位盤
なにわ自慢 おおさか春のまちめぐり
がスタート
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮 南門
西山宗因向栄庵跡碑 のあるあたりかな
天井を見上げると とてもきれいな
十二支の方位版がありました
解説されていましたが
酉の所は鳥ではなく鳳凰
拡大してみるとよく分かります
菅原道真が太宰府に左遷されることが決まり出発する朝
お母さんと今生の別れになるかもしれない別れを惜しんでいたところ
出発を急くような勢いで
一番鶏がコケコッコー!と鳴いた
それが元で、天満宮では酉が嫌われ
天満宮の難問の天井にある十二支のモチーフは
酉が鳳凰に変更された ということです
なかなか上を見上げることはないですよね
面白い発見でした
次は大阪天満宮の狛犬 へ
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮 南門
西山宗因向栄庵跡碑 のあるあたりかな
天井を見上げると とてもきれいな
十二支の方位版がありました
解説されていましたが
酉の所は鳥ではなく鳳凰
拡大してみるとよく分かります
菅原道真が太宰府に左遷されることが決まり出発する朝
お母さんと今生の別れになるかもしれない別れを惜しんでいたところ
出発を急くような勢いで
一番鶏がコケコッコー!と鳴いた
それが元で、天満宮では酉が嫌われ
天満宮の難問の天井にある十二支のモチーフは
酉が鳳凰に変更された ということです
なかなか上を見上げることはないですよね
面白い発見でした
次は大阪天満宮の狛犬 へ
なにわ自慢 おおさか春のまちめぐり
しるべの石
に引き続き
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
集合場所がこちらでした
今回は
なにわ自慢 おおさか春のまちめぐり
レトロモダンの建築物を訪ねて
~天神さんと洋館めぐり~
に参加してきました
主催は 大阪ひと・まち魅力発見事業推進会議 さんだそうです
案内して頂いたのは
北区ガイドボランティアの
ヤジ馬・ヤジ北さん
浜田容子さんのお話の元スタート
楽しみです~
次は大阪天満宮 南門 十二支方位盤 へ
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
集合場所がこちらでした
今回は
なにわ自慢 おおさか春のまちめぐり
レトロモダンの建築物を訪ねて
~天神さんと洋館めぐり~
に参加してきました
主催は 大阪ひと・まち魅力発見事業推進会議 さんだそうです
案内して頂いたのは
北区ガイドボランティアの
ヤジ馬・ヤジ北さん
浜田容子さんのお話の元スタート
楽しみです~
次は大阪天満宮 南門 十二支方位盤 へ
大阪天満宮 蛭子門
西山宗因向栄庵跡碑
に引き続き
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
次は 蛭子門
近くに蛭子門の由来が書かれてありました
当宮には6つの門があり
それぞれに独自の用途と由来を持っている
当門は入ってすぐ 左手に
「戎社(蛭児社)」が祀られていたことから
「戎門」と呼ばれてきた
江戸時代の「戎社」では 毎年の正月・5月・9月の10日に
「蛭児尊遷殿神事」を斎行しており
この年 3回の「十日えびす」には
数多くの参拝者が当門を利用した
その後 「戎社」には境内西北に移されたが
「戎門」の名は変わらずに今に伝えられている
昨年正月に「十日えびす」を復興をしたのを記念して
その由来をここに記す
平成20年 正月吉日
次は大阪天満宮 日豪親善の碑 へ
に引き続き
大阪市北区天神橋2-1-8にあります
大阪天満宮
次は 蛭子門
近くに蛭子門の由来が書かれてありました
当宮には6つの門があり
それぞれに独自の用途と由来を持っている
当門は入ってすぐ 左手に
「戎社(蛭児社)」が祀られていたことから
「戎門」と呼ばれてきた
江戸時代の「戎社」では 毎年の正月・5月・9月の10日に
「蛭児尊遷殿神事」を斎行しており
この年 3回の「十日えびす」には
数多くの参拝者が当門を利用した
その後 「戎社」には境内西北に移されたが
「戎門」の名は変わらずに今に伝えられている
昨年正月に「十日えびす」を復興をしたのを記念して
その由来をここに記す
平成20年 正月吉日
次は大阪天満宮 日豪親善の碑 へ






