□ 泉尾新田 | E-smile まっつんの日常

□ 泉尾新田

引き続き
大阪市大正区泉尾4-21
にあります
泉尾公園

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

こちらで見つけました 泉尾新田の案内板

元禄15年 (1702年) に検地を受けた 「泉尾新田」 は
和泉国踞尾村の北村六右衛門が元禄11年 (1698年) に開発に着手し
もとは 三軒家浦新田 と称していましたが 検地を受ける時に
北村氏の出身の国名と村名から一字づつをとり 「泉尾新田」 と名付けました

2重の堤をめぐらし 沖堤は尻無川と三軒家を結ぶ 高さ9mの堤防で
現在の尻無川防潮水門から北村公園 (一部 今でも堤跡の堤行道路が見られます)
の北側を通り 千島バス停を超え 泉尾東小学校の南側をとおっていました

中堤は泉尾工業高校の北側を通り 泉尾東小学校まで 高さ 5.4m の堤防で
沖堤と中堤 の間は水田 中堤の中は畑でした

面積は 明治初期には その後の開発も併せて125町の大新田となりました
新田内は 「井路」 と呼ばれる用水路が縦横にはりめぐらされ
かんがい や 排水 舟運による運搬路となりました

宅地は 尻無川沿い (北泉尾) と三軒家村西側 (南泉尾) の 2ヶ所45戸だけで
縹渺たる農地が広がっていました 作物は棉と西瓜が良く獲れました

また 新田の事務を行うために 南泉尾 (現在の三軒家 東5丁目 附近)
に瓦葺の立派な「会所」を置きました

明治時代に な り 北村 六右衛門が破産処分を受け
負債償却を目的に設立された土地会社の所有になりました

次はFamily Mart 泉尾7丁目店