□ 大物主神社 | E-smile まっつんの日常

□ 大物主神社

歴史の散歩道 着船橋跡碑
の次に訪れたのは
尼崎市大物町2-7-6
にあります
大物主神社

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鳥居前です

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これは別の入り口

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拝殿です

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大物主大神
宗像三柱神 
とあります

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拝殿横側です

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案内板を発見
こう書かれてありました

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今を去る2000余年前 第10代 崇仁天皇の御代
日本全土が悪疫病にさらされ滅亡寸前になった時
帝が御幣を大物主大神に奉り 平癒を祈願された
その時 大和三輪山 に大物主大神が祀られ命をうけて
大神8世の御孫 大田田根子命の後
鴨部祝が祖神様を当地に奉斎したのが始まりである

くだって平治元年 (1159年) 平相>國清盛が芸州厳島参拝の時
祭神杵島姫命を此の大物の社に合祀した
当時の大物の沖合は謡曲や浄瑠璃の舟弁慶 千本桜などにも
謳はれている
その頃 「若宮」と呼ばれていた鎌倉の始め大物の裏から舟出した
源義経主従も神社隣に宿をとり無事平安を祈ったといはれている

その後寛永年間約350年前 宗像3柱神の故事に習って
多岐都姫命 多紀理姫命 を合祀 又相殿神として 西宮大神
菅原道眞公が配祀されている


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