□ JR 大和路線 志紀駅 | E-smile まっつんの日常

□ JR 大和路線 志紀駅

大阪福島天満宮 初詣
の次に訪れたのは
八尾市志紀町3-7
にあります
JR 大和路線 志紀駅

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

駅舎はこんな感じ

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外には由来碑がありました

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現在の志紀駅は 大和川の堤防跡であり 弓削村の墓地であった
往時 大和川は築留から北流し その水運と水利は
村民の生活に多大な恩恵を与えてくれたが
瀕発した氾濫に惨禍も甚しく 私たちの祖先はその水難を恐れ
堤防上の比較的安全な景勝の地であったここに
祖先安住の浄土として村の墓地をつくった

明治22年 湊町から柏原まで 陸蒸気が走ったが駅舎はなく
ただ哀愁の汽笛を響かせていた

明治42年 待望の志紀駅が現在地より 南180mに誕生したが
1日 4往復停車の無人駅であった
当時 墓地は樹木鬱蒼として笹藪に蔽われ
附近には鉄橋や魔の踏切があり 薄暗く静寂な場所であったので
ここで生命を絶った無縁佛も少なくなかった

昭和21年 乗降客が少ないことを理由に廃駅となったが
その後 志紀地域の発展にともない
駅舎開業が住民運動にまで進展し 祖先伝来の墓地を移転するという
画期的な大事業を敢行したのである

昭和36年10月11日 この地に渇望した駅舎が誕生した
感激の記念すべき日である

今や駅を中心に志紀地区は繁栄の一途を辿りつつあるのは
私たちの祖先が永久に郷土の発展と
人々の幸福を温かく見守っていてくださるからである
よって 駅改良工事の竣工に当り ここに祈念碑を建立し
御霊に感謝し謹んで御冥福を祈る次第である

尚 駅舎設置のため墓地移転に尽力をされた功労者諸氏の顕彰碑は
現在の弓削墓地内にあることを付記する

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