□ 柏原船
平野川の使い場
の次に訪れたのは
隣にあります
柏原船
横から見た様子
上から見た様子
案内板にはこう書かれてありました
柏原船は平野川を運行する川船で
大坂・京橋から柏原までを往来した
長さ約19m・幅2m・深さ0.42mの浅川船で
積載量は20石積(1石=180リットル)であった
元和6年(1620年) の洪水で被害を受けた
志紀郡の復興策の一環として
当時の代官 末吉氏が計画したといわれ
柏原村の庄屋などが請負い
船持ちとなって運行されるようになった
しかし 大坂市中への直接乗り入れは
市中の川船との関係で許可されず
京橋で荷物を積み替えなければならなかった
次は 樟本神社(南木の本) へ
の次に訪れたのは
隣にあります
柏原船
横から見た様子
上から見た様子
案内板にはこう書かれてありました
柏原船は平野川を運行する川船で
大坂・京橋から柏原までを往来した
長さ約19m・幅2m・深さ0.42mの浅川船で
積載量は20石積(1石=180リットル)であった
元和6年(1620年) の洪水で被害を受けた
志紀郡の復興策の一環として
当時の代官 末吉氏が計画したといわれ
柏原村の庄屋などが請負い
船持ちとなって運行されるようになった
しかし 大坂市中への直接乗り入れは
市中の川船との関係で許可されず
京橋で荷物を積み替えなければならなかった
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